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03
あまりの美味しさに感心しながら咀嚼していると、隣でケーイチが何かを思い出したように胸ポケットに手を伸ばす。
「睦人、これ。忘れないうちに返しとくね。部屋でご飯作ってからまた来ようと思って借りてたんだ。わざわざチャイム鳴らすのも悪いと思って…勝手にごめんね?」
カチャン、と机の上に部屋の鍵が置かれた。少し申し訳なさそうな顔をするケーイチに慌てて手を振る。
「へんへんはいほーふ!!……む…」
口の中に入っているのも忘れて喋ったものだから、何を言っているのか自分でも全く聞き取れなかった。
一瞬キョトンとしたケーイチだったが、あとからジワジワ来たのか肩を震わせて笑い出した。
「ごめ…何言ってるか全然分かんないっ。…もう、睦人まで佳威みたいなことするのやめてよね」
「……………佳威…?」
佳威という名前が出た瞬間、今までぼやけていた昨日の記憶が脳内に瞬く間に広がるように再生された。
――あ、ダメだ。
「っわあああーーー!!!?」
ヒートの何がつらいって、色々あるけどとりあえず今の俺に言えることはただ一つ。
発情している時のことをしっかり覚えている、ということだ。
穴があったら入りたい。
思わずガバッと両手で頭を抱えた。
隣で突然発狂しだした俺にケーイチは引くこともせず、いつもと変わらないトーンで話しかけてきた。
「そういえば佳威にバレちゃったんだよね?変なことされなかった?」
「変なこと…」
変なことをされたというか、むしろ俺の方がやってしまったというか…
ダメだ。思い出せば思い出すほど、顔から火が出そうになる。俺はあろうことか自分のアレを友達である佳威に、佳威に…
誰だよ!
ヒートが来てもこれなら大丈夫とか言ったやつ!
…俺か!?俺だな!!
「………もう佳威と顔会わせられない…」
「…あー」
俺の言葉にケーイチが察してくれたのか、曖昧な相槌を打つ。
「…まあ、何があったかは何となく想像できるけど、多分大丈夫だよ。…あいつも一応αなんだからΩが発情期にどうなるかなんて分かってると思うよ?」
「そうかな……それなら、いいんだけど。……はあ」
「もー、睦人元気出しなって!ていうかご飯冷めちゃうから先に食べようよ」
「あ!ごめん、せっかく作ってくれたのに。食べるのに集中する」
「うん、そうしよう。その方が俺も嬉しい」
にっこり笑ってケーイチも再び箸を動かし出した。
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