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もし仮にあの場に現れたのが有紀だったとしたら、今頃俺はあいつと番契約を交わし終えていたかも知れない。俺自身おかしくなっていたし、項を噛ませる行為になんの疑問も抱かなかったのではないだろうか。
――それは想像するだけで、ヒートがいかに自分の意思と反する衝動を与えるものなのかが窺い知れるものだった。
「………」
安易に想像できた事に恐怖さえ感じる。
しかし恋人でもなんでもない女の子との淫らな行為を見た事を思い出し、己の自惚れに携帯の画面を消す。
ただの男性Ωへの好奇心だとすれば、番契約に固執していた有紀の考えが余計に分からない。
複雑な感情が湧き上がるなか、ケーイチが横でホッと息をついた。
「なら良かった……それでどうするの?あと六日」
「六日?」
「だって、Ωのヒートは一週間あるんでしょ?」
そうだった……
問題はこれからだ。
確か抑制剤は一週間分の七錠を持ち歩いていた筈なので、それで何とかさせるしかない。
「抑制剤はあるから、それ飲んで過ごそうかなって思ってる」
「…そう…でも大丈夫?睦人結構副作用きてない?」
心配そうに顔を覗き込まれてやっと気付いた。確かに抑制剤で抑えているというのに体は怠いし頭も痛い。さすがにムラムラはしないが、不調なのは確かだ。
「副作用、なのかな。やっぱり」
「うーん。俺は医者じゃないから何とも言えないけど頭痛って抑制剤の代表的な副作用だよね?あとは吐き気とか、酷いと手の震えとかもあるみたいだし」
「だよな…でも、まだ吐き気と震えは無いし、今回は飲みながら様子見てみるよ」
というか飲む以外に俺に選択肢は無い。ケーイチは少し不安そうな顔を浮かべたが、すぐに分かったと優しく微笑み掛けてくれた。
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