120 / 289

13

「お前…また、なんでいるんだ…?」 「あ、睦人。おかえり」 作っているであろう笑みを浮かべて笑いかけてきたのは、なんだか随分と久しぶりに見る気のする渥だった。 この間もこんな感じで突然渥が家に居たんだ。あの時と違うのはほろ酔いの父親が居ないことと、渥の目の前には晩御飯ではなく来客用のカップが置かれていること。 部屋に漂うコーヒーの香ばしい香りに、母親がコーヒーを淹れたんだと察するが渥が何を飲んでいるのかなんて然程問題ではない。 「ちょっとりっちゃん!なんで居るんだなんて何失礼なこと言ってんのよ。渥くんとは昔からの付き合いなんだがら、ここは渥くんにとっても我が家みたいなもんじゃない!」 いや母さん、さすがにそれは違う、と思ったが渥が母親に向かって自然な笑顔を浮かべるのを見てしまい、言葉を飲み込んだ。 「…なに?」 「あ、い、いや…まあ、ごゆっくり」 どうせ、また俺には用がないんだろ。 今、渥が家に居る理由はきっと俺の母親に捕まったか、両親のどちらかと話したくて来ただけのどちらかだ。 またこの前のように冷たい言葉を吐かれるのは嫌だし、今は頭痛でそれどころじゃない。 俺はリビングから顔を引っ込めようと落としたカバンを拾うと、渥が椅子を引いて立ち上がった。 「睦人?大丈夫?なんだか体調が良くなさそうだけど」 「えっ」 「あ!そうよ、りっちゃん!やっとヒートが始まったんですってね。担任の先生から連絡あったわよ。全然来ないから心配してたけど、良かったわ~。…でもお母さんからのメール見てないの?」 「ヒート?」 母さん……! 俺はペラペラと息子の秘密を明かす母親に、お願いだからそれ以上喋らないでえええと目で訴えてみたが無駄だった。母親の中で渥はもう一人の息子みたいなもので、家族みたいな気分なんだろう。 家族に隠し事は無し、みたいな? 渥は俺がΩなことを知っているが、もし知らなかったらどうするつもりだったんだ。周りには秘密にしてるって言ってるのに! 「へえ。ヒート始まったんだ」 渥が目を細めて口元に笑みを浮かべる。ただそれだけだったが反射的に半歩、足が勝手に後ずさった。そんな俺を気にすることなく母親が同情の目を向けてきた。 「でもりっちゃんが帰って来たってことは誰にも相手されなかったってことなのよね?……お母さんは誰よりもあんたのこと可愛いと思ってるけど、やっぱり親の欲目ってあるのかしら」 「勝手に悲惨な方で想像して同情しないでくれます…?別に誰にも相手されなかったわけじゃなくて、抑制剤飲んで過ごすって決めただけだから。今も飲んでて動けるから帰って来ただけだし」 失礼にも程があるし、自分の親ながらひどい想像をされている。同意の上でならまだしも、可愛い息子が襲われでもしていたらどうするんだ。 まあ、学校から連絡が来てる時点でその心配は無かったんだろうけど…

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!