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「あの人はここには居ない。住んでるのは俺だけだ」 「…あ……そう、なんだ」 渥の言葉にハッとする。 親父さん達が離婚していたことを失念していた。話題を変えるために咄嗟に出た台詞ではあったが、離婚した父親の話をするのはあまりにも軽率な行為だったかも知れない。 自分の父親のことを「あの人」と呼ぶ抑揚の無い物言いに、余計な事を言ったと後悔しながらこちらを見下ろす瞳を見上げる。 その瞳は随分と冷え切った目をしていた。 「……こんな広いところに、一人…寂しくないか?」 渥の目を見たからだろうか。 気付くと俺はそっと渥の頬に手を寄せていた。肌荒れもなく、陶器のようにさらりとした感触。 こいつの肌は昔から変わらず綺麗だ。 「……は?」 「…!」 突然の行動に渥が無表情から驚きの表情を浮かべるので、俺も我に返り慌ててその手を引っ込めた。 「あ!や、ごめん。変なこと言った。忘れてくれ。……俺、前に母さんがおばさんも近くに住んでるって言ってたから、てっきり一緒に住んでるのかと思ったんだ」 「………」 渥は気が逸れたように溜め息を吐き、体を離してそのまま俺の横に腰掛けた。 変な雰囲気が無くなったことにホッとしつつ、逆に腰が痛くなるのではないかと思うほど柔らかなベッドから上半身を起こす。それを横目で見ながら渥が言葉を続けた。 「そもそも俺も有紀もあの人が親権を持ってるから、母親とは暮らしてない。会うことは咎められてないけど…有紀と会ったのか?」 「フレンドキャンプで同じグループだったんだ。…でも有紀も渥も苗字変わってるよな…?」 昔は荒木だったんだ。苗字が黒澤に変わっているからてっきり母親の方についたのかと思ったが。 不思議に思い、聞いていいのか迷いながらもそう尋ねると、渥は面白く無さそうに俺を見た。 「あの人は婿養子。今の会社は元々母親の父親の会社だ。所謂α同士でよくある政略結婚みたいなんもんなんだよ。離婚する前に、爺さんが死んであの人が代表取締になったから今もそのまま代表として会社に残ってる」 「へえ。…おばさんは?同じ会社だった記憶あるけど」 「母親は別の会社立ち上げて、そこの代表」 「…なるほど。そういうの聞くと、おばさんたちがαなんだってすごい実感湧くな。世界が違うわ…」 若干ドロドロしている気がしないこともないが、あまり深く聞くのも躊躇(ためらわ)れて俺は言葉を飲み込んだ。

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