127 / 289
20
力強く伝えると、「ああ、そう」とさして興味も無さそうに返された。聞いておきながらひどい反応だが、渥はそういう奴なんだ。なんとなく今の渥のことを分かってきている自分が切ない。
「じゃあ、おやすみ。ヨダレは垂らすなよ」
一言余計な事を言うと渥は部屋から出て、入口の扉を閉めて行ってしまった。扉が閉まると部屋の中がより暗くなる。
ヨダレって…何歳 の時の話をしてるんだろう。
さすがにもう寝ながらヨダレを垂らすなんてことは無くなったし変わってないのは寝相の悪さぐらいだ。
心の中でそんなことを思いつつ一人になった途端思い出したようにズキンッと頭痛が酷くなる。
どうやらこの副作用の頭痛には波があるようで、ずっと痛いよりはマシだが波があって良かったとも言えない痛みだ。
「……ふぅ」
結局渥が何のために家に来たのか聞くのを忘れしまった。
本気で遊ぶために訪れたとは到底思えないから、何かしら他に目的があったとは思うのだがよく分からない。
今はズキンズキンと痛む頭のせいであまり難しいことは考えたくなかった。
ここは渥の言う通り少し休ませてもらおう。薬の持続効果は充分にあるし、起きてからまた話を聞いてみればいい。
そう思いながらも少しだけ不安だった俺は携帯のアラームを30分後に設定した。この時間に起きればちょうど効果の切れる前ぐらいに起きられるから、起きてすぐに抑制剤を飲めば問題ない筈。
ただでさえ俺の抑制剤をはキツイ薬なので、あまり時間を重ねて早くに飲むのも体に悪いらしく、時間の調整が少し難しいのが難点だ。
携帯と一緒にズボンのポケットに入っていた財布も枕元に置く。寝て起きたら少しは頭痛が良くなっていますように、と祈りながらふかふかのベッドに潜り込んだ。
この部屋もクーラーが稼働しているのか少々肌寒さを感じたが、布団に入ると適温になり、これなら安眠できそうだと体を丸める。
「…………」
いつもの癖で布団を頭までかけて深呼吸をしてしまい、そこで、あ…と気付いてしまった。
「………渥の、においだ」
――何言ってんだ、俺は。
自分でも気持ち悪いことを言っている自覚はあるのだが、一度意識してしまうとなかなか振り払うことが出来ない。
寮と行き来しているとはいえ、普段使っているであろうベッドだ。渥のにおいがするのは至極当然。
他人のベッドで寝るなんてそれこそ仲が良かった小学生以来だから余計にいつもとは違うと脳が大袈裟に認識しているのかも知れない。
渥の香りに包まれながら、不思議なほど気持ちが落ち着き、体の力が抜けていく。
なんとも言えない絶対的な安心感の中、俺はベッドの中でゆっくりと目を閉じた。
書籍の購入
ともだちにシェアしよう!