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「ッ…!!」
まるで天使と悪魔の囁きのような両者の囁きが脳内にガンガンと響き渡る。
頭と心が別々の考えをしているみたいで、体がバラバラになっていくような錯覚に陥っていく。
本能に抗うからこんなにキツイんだ。
衝動のまま行動してしまえばこんな気持ちにならなくて済むし、どう足掻いたって俺がΩなことに変わりはない。
目の前に誰もが一目置くような存在のαがいるというのに、何を躊躇うことがある?
そうは思うのに、かろうじて俺の中のある一つの感情が細い糸のように切れるか切れないかギリギリの所で、飛び出していこうとする本能を食い止めていた。
…きっと、先ほど見た夢のせいだろう。
――俺は未だに10歳までの渥との関係に固執してるんだ。
ポロ、
「………あ……」
片方の目から気付かぬ内に溜まっていた涙が溢れ落ちた。
「睦人?」
視界の先に居た渥の顔がどんどんボヤけていく。
「…ごめ。………も、………離して……離してくれ…っ」
渥の前ではなんだか俺、泣いてばっかりだな…
涙は一度溢れてしまうと後から後から、涙腺が崩壊したように溢れ出て止まらなくなった。
子供みたいに胸の中で泣きじゃくる俺の背中を渥の腕がそっと撫でて、勘違いかも知れないけれど、優しさを感じるその動きに嗚咽までも漏れ出してしまう。
「お前はホントすぐ泣くな…、苛め過ぎた?」
「う、ぇ……渥………やだよ、こんなの俺、なんで…っ」
嗚咽を漏らしながら泣くなんて何年ぶりだろう。
「なんで俺だけΩなの…?…Ωなんて…っ嫌だ」
気付くと、渥にしがみつくように弱音を吐いた。
今まで無意識に蓋をしていた気持ちだった。
どうしてよりにもよって自分がΩなのか。
バース検査の結果が分かったあの日からずっと考えていた事だった。
だってそうだろう?
俺がΩなせいで、友達想いで優しい佳威に迷惑をかけた。俺がαやβであれば掛けなかった迷惑だ。
ケーイチとは普通に対等な友達で居たいのに、彼は俺を守ってくれようと、過剰なまでの心配してくれる。
有紀だってそうだ。
俺に固執してくる意味は分からないが、俺がΩなんかじゃ無ければ番関係なんてものに囚われることなく、ただの甘えたで可愛い幼馴染のままでいられたんじゃないかと思ってしまう。
そして、再会したあの日からただ一心に親友に戻りたいと願っていた目の前の男には、友情よりもΩの発情に負けそうになっている。
親友と身体の関係になって、それでも親友に戻れるのか?
…戻れるわけがない。
きっと今以上に失望され嫌われる。
もう二度と口も聞いてもらえないかも知れないのに。
そんなこと、自分が一番分かってる筈なのに。
「も………だめだ…こわい…。俺、変になる…へんになっちゃうよ………おねがい、たすけて…………助けて、渥」
αを求めて、情けなく縋り付いてしまう俺を、出来ることなら今すぐ殺してしまいたい。
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