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そして、俺は今まさに渥の言葉通り、恥ずかしくて死にそうになっているのである。
今神様が現れて「そなたの願い、一つだけ叶えてやろう」と言われたら俺は迷うことなく「記憶を消して!二日分の!記憶を!お願いします!」と懇願するだろう。
神頼みしたいほど己の記憶力が忌々しいと思ったことはないし、人生で経験したことのない羞恥心を体験している。
穴があったら入りたいとはよく言ったものだが、俺はその穴に入ったら上から土を掛けて貰ってそのまま冬眠してしまいたい。そして夏を超え、冬を越え、春になった頃そーっと地上へと戻ってきたい気分だ。
だけど春どころかまだ夏で、完全に締め切られた食堂の扉を生徒が開けるたび、ジワジワミンミンとけたたましい程に鳴く蝉の声が聞こえてくる。一生懸命に生を繋ごうとしている蝉たちの。
ああ、蝉を見習いたい。
俺は蝉のように生を繋ぐのではなく、ただ自分の快楽のためにあんなことをしてしまった。
結論として、ただ単純にΩの性に抗えなかったのだ。
好きな人としたいと思っていたのに、何をやってるんだろう俺は。結局、佳威と同様に渥まで利用したことになるんじゃないか。
目が覚めてからずっと考えていたことに羞恥心だけでなく自己嫌悪が襲い掛かってくる。
「………はぁ…」
無意識に溜息が溢れて、俺の前でハンバーグ定食を食べていたケーイチが首を傾げた。この前作ってくれたのもハンバーグだったし、もしかしたらケーイチはハンバーグが好きなのかも知れない。
「どうしたの?体調悪い?」
「え?…あ!全然!ピンピンしてるよ」
慌てて手を振り、目の前の素麺に箸を伸ばす。隣ではもうほぼ完食しそうな佳威が水をゴクリと飲み込む音をさせて、こちらを向いた。
「大丈夫か?無理して学校来なくたっていいんだぜ?」
「そうそう。もう残り三日くらいでしょ?それなら周りにもただの風邪だって通せるしバレないよ」
「バレたって俺はいいと思うけどな」
「佳威の端的思考で睦人の気持ちを推し量るのはやめたほうがいいと思う」
「あぁ?」
「睦人は佳威ほど単純じゃないってことだよ」
「ケーイチ…覚悟はできてんだろうなァ」
「ちょ、ちょっと二人とも今、ご飯タイムだから!喧嘩タイムじゃないから!早くしないと昼休み終わるし…な?落ち着いて…」
安定の口喧嘩を始めようとする2人を必死に止めると、しぶしぶと食事に戻りなんとか穏便に済ませることができた。
そんな二人にホッと息を吐きつつ、食べきれてない素麺を置いてカバンから茶色い瓶を取り出す。
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