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――あの後、午後にやっと目が覚めた時には渥はもう居なくて、ベッドサイドに置かれたテーブルの上にメモ書きとこの瓶と部屋の鍵が置かれていた。 メモには学校の先生のように読みやすく綺麗な字で《やる。鍵はポストに》とだけ書かれていた。 抑制剤は安価なものではない。 使う人口もβに比べたらアリンコ程なので、物によっては高価でなかなか手が出せない製品もある。 置いてある抑制剤かどれほどの価値なものなのか分からないし中身も随分入っているようで、貰うことには少し躊躇いがあった。 しかし、渥の言葉通りこの薬に変えてから全く副作用は出ず、頭痛も手の震えも治っていた。 こうも違うと流石にもう最初使っていた抑制剤を飲む気にはならず、ありがたく貰うことにしたというわけだ。 それにしても、なんでまた渥はあんなに抑制剤に詳しかったんだろう。αだから?そんなの関係あるか?それだったら佳威だって詳しいことになるけど、そんな素振りは全く無かった。 もし知っていたらきっと佳威のことだから、いくら俺があの抑制剤を望んでいたとしても何かしらで拒否していたんじゃないだろうか。 …それはそれでまた違う未来があったのかと思うと恐ろしい。 「睦人?どうした?」 「!…いや、ごめん無意識」 「なんだそりゃ」 無意識に佳威の横顔を見つめていたら、気付かれ爽やかに笑い返された。 いつもと変わらない笑顔に安心してしまう。 もしかしたらこうして肩を並べてご飯を食べる未来は無かったかも知れないんだ。 でも渥とは今後もっと距離が離れてしまうかも知れない。というか今までの流れからすればもう二度と口をきいてくれない可能性さえある。 考えると酷く憂鬱な気分になるし、渥の事を考えてしまった所為で芋蔓式にまたもや昨日のことを思い出して、あああ…と心の中で頭を抱えた。 やってしまった… 本当に取り返しのつかない事をしてしまった。 実は起きてから渥の姿がなかったのも地味にショックだった。ヒートに引き摺られ、例え偽りであったとしてもあんな夜を過ごしたというのに。 居ない、なんて、なかなかに辛いものがある。 きっと渥もただ俺のフェロモンに充てられてしまった被害者なのだろう。 確かに辛いものはあるが、正直どう顔を合わせたらいいのかも分からなかったので、居ないのは逆に良かったのかも知れない、と少し時間が経った今なら思える。 というか、まともに顔を見れるかどうかも怪しいし………うん、やっぱり居なくて良かった。

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