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「………」
ケーイチはああ言ってくれたけど、今この場で本当のことを言って佳威はどう思うだろう。
結局はαなら誰でもいいΩなんだと思ってしまわないだろうか。
――思われても仕方ない、よな。
真相はどうであれ、俺が渥に頼ったのは間違うことない真実だ。嘘など何もない。
だけどきっとそういうの、佳威は嫌いなんじゃないかと思う。
ミキちゃんに向かって冗談ぽく誠実だと言っていたけれど、あれは多分本当の事だ。一緒に居てよく分かる。友達に対しての態度を見ていれば一目瞭然。
せっかく、ヒートにつられて誘惑まがいのことをしたことを笑って許して貰えたと言うのに。
本当に俺は馬鹿だ。
「俺が………昨日…俺が一緒に居たのは、」
嫌われてしまうくらいなら、嘘を付くのはやめよう。どうしようもないΩなうえに嘘付きだと思われてもしまうのは、さすがにキツイ。
ジッとこちらから目を離さない佳威に、しっかりと視線を合わせてゴクリと唾を飲み込んだ。
「渥といたんだ」
その瞬間ぐらり、と揺れる佳威の瞳。
茶色に近い黒目がほんの少しの動揺を表していた。
「……最後までやったのか?」
言葉は発さずコクリ、と頷く。
何度も繋がり欲に溺れていった。思い出すだけであれは夢だったんじゃないのかと疑いそうになるほどの、甘い甘い一夜。
「無理矢理じゃなくて?」
「……無理矢理じゃないよ。俺がヒートでどうなるか…佳威ならよく分かってるだろ…?」
一番初めに被害を与えてしまった相手だ。俺が俺で無くなってしまうことは嫌でも想像できるだろう。
俺の返事に黙り込んだ佳威だったが、ふいに手の平が俺の首筋に触れた。
「お前、黒澤が好きなの…?」
スル…、とTシャツの襟から指が少しだけ侵入してきて項に触れる。反射的にピクッと体が反応した。
「…ここ、噛ませた?」
触れられる手が熱い。抑制剤が本当に効いているのかも怪しいほどに、熱い。
俺は触れてくる佳威の腕にそっと手を添えて、ふるふると首を左右に振った。
「…渥のことは、今でも親友に戻れたらどんなにいいかって思うくらい、好きだ。けどそれが愛情なのかって聞かれたら…よく分からない…」
佳威の手が項から後頭部に位置を変える。差し込まれる指の感覚に喉が震えた。
「そ、れに…項は噛まれてない。渥は…Ωが嫌いなようだし…そんな相手と番になんてなりたくないだろ普通」
愛情かどうか分からないと言いながら、自分で自分の言葉に地味に傷付いてしまい、にへら…と微妙な笑顔を浮かべてしまった。
そんな俺の変な笑顔に、佳威の強張っていた表情が和らいだ気がした。そのまま後頭部にあった手に力が込められ再び顔が近付く。
「そうか。…良かった」
「…佳威?」
「睦人」
至近距離で佳威の瞳が俺を見つめる。反対の手が俺の空いている手に重なり、ドキっとしてしまう。
なんだろ、この空気。佳威、あんまり嫌悪してない。良かったってどういう意味だ?俺のこと大丈夫、なのかな…
不安をずっと抱きながら話していただけに、醸し出される雰囲気がよく分からない。いつでもまたキスされそうな距離感に困惑してしまう。
佳威から眉間の皺が消え、真剣な眼差しのその下にある一文字に結んでいた唇がゆっくりと開いた。
「睦人の番、俺じゃ駄目か?」
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