会社までの道のりは有紀が暑い無理溶けるお金なら出すからあああ～とうるさいので、またもやリッチにタクシーで向かうことになった。もしかしたら渥に急いで来いと言われたのかも知れないが真相は分からない。 とにかくエアコンの効いた車内で抱き着いてきながら「せっかくのデートだったのにこんなのってないよおお、リクーやだー」とおんおん泣いて甘えるので、「あー、そうだな。ドンマイ。よしよし元気出せ」と慰めてやりながらタクシーの運転手さんからの視線に、煩くしてすみませんと頭を下げる。 そんなやり取りの所為で無駄に長く感じた道のりの先、ようやく親父さんの会社まで辿り着いた。 タクシーを降り会社の入り口まで歩いていく。何階建てなのか数えるのも面倒くさくなるような高層ビルの下、何人ものお高そうなスーツを着た人達が出たり入ったりを繰り返している。これから営業なのか髪型をビシッと決めて分厚いカバンを手に持った人達とも擦れ違った。 皆、有紀に気付くと「おはようございます」と頭を下げる。 それに有紀もきちんと「おはようございまぁす」と緩いながらも挨拶を返しているのを見て、思ったよりはちゃんとしてると見直した。 なにせ俺の前だと適当過ぎて大丈夫かこいつ、と心配することが多いものだから。挨拶を返しているだけで見直せるんだから逆に凄い。 「じゃあ、俺はここまでな。仕事がんばれよ」 入り口の前で止まり、有紀に別れを告げる。有紀は離れるのが嫌なのか寂しそうな顔で俺を見つめてきた。 「リクぅ…今日夜予定ある？」 「？…ないよ。お前が遊ぶって言うからなにも入れてない」 「じゃあバイト終わったらもう１回会いたい！」 「はあ！？」 「駄目ぇ？いいでしょ？おねがーい…」 「………たく。外で飯だけな！」 「ヤタ！じゃあ終わったら連絡する！」 俺の返事を聞いた瞬間嬉しそうに抱き着かれてギョッとしてしまった。 「や、やめろって！ここ、お前の親父さんの会社の前だぞ！変な噂立ったらどうすんだ！」 慌てて有紀の体を無理矢理離したとき、キキッと後ろで車の停まる音がした。 後ろを振り返ると黒塗りのいかにも高級車と言うような前から後ろまでが長い車が停まっていた。 運転をしていた若そうなスーツの男性が先に降りて来て後ろへ回り、ガチャとドアを開ける。黒い車に黒いスーツ。ドアに手を掛ける真っ白な手袋だけがやけに浮き上がって見えた。 そして、男性の開けたドアから出てきたのは、見たことがあるものの遠い昔過ぎてボヤッとしていた人物だった。 「会社の前で何をやってるんだ、有。遊び場じゃないんだぞ。こんなところに友達を連れて来て…、……？…君は…」 「父さん、リクだよ」 「あ、…あの、ご無沙汰してます。浅香 睦人です」 「……ああ、久しぶりだね。睦人くん」 現れたのは、まるで渥が年齢を重ねたような、渋くてワイルドで格好いい、渥と有紀の親父さんだった。