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09
「何年ぶりかな。随分と成長しているから、一瞬分からなかったよ」
親父さんが車から降りて来ながら俺に笑いかけてきてくれた。渥とも有紀とも似てない多分作った笑顔。違和感や嫌悪感はないが、作り慣れた笑顔だと感じる。
その後ろからもう一人違う男性が降りてきて俺たちを見ると親父さんに「先に行っておくから」と伝えるのが聞こえた。
タメ口ということは会社の代表である親父さんと近い位置にいる人なのかも知れない。スラリと背が高く日焼け知らずなのか色が白い。髪の色もパーマを当てた柔らかそうな栗色で男性にしては中性的で優しい雰囲気を感じた。
体にフィットしたライトグレーのスーツもその人の線の細さを際立たせている。
とても綺麗な顔だ。女性的ではないが、女性だと言われても疑わないかも知れない。
その人は擦れ違う際に有紀に向かって「おはよう。遊んでたの?」と尋ね、「そお!渥に呼び出されたのー」という返事に柔らかく微笑んで会社の中へと消えて行った。
…誰だったんだろう。
不思議な雰囲気の人だったな。
会話からして有紀とも親しい関係なのが窺い知れたが…
「睦人くんも有と同じ学校にいるのかい?」
男性に気を取られていた俺の意識は親父さんからの問い掛けにハッとこちら側に戻ってきた。
「あ、そうです。父さんがこっちに転勤になって、転校した先が偶然二人と一緒で」
本当は渥に会えるかも知れないとあの学校を選んだのだが、流石にそれは言わないでおこう。客観的に見るとストーカーっぽいし。
「そうだったのか。じゃあ、涼太さんもこっちにいるんだな…睦人くん、お父さんに今度飲みに行きましょうって伝えてくれないか?」
「あ、分かりました。父さんも喜ぶと思います」
昔もたまーに父親同士が二人で飲んでいたのを思い出す。俺の返事に親父さんは笑みを深めた。
「さて、有。ここにいるってことは今日は仕事の日だな?」
「違うよ~、今日は休みだったのに渥に呼び出されたの!本当はリクとデートだったのに!」
「デ、デートじゃないだろ!遊んでただけです!」
「…相変わらず有は睦人くんのことが好きだな。折角のデートだろうけど、仕事は仕事だ。そろそろ行くぞ」
「はぁーい。じゃあ、また夜ね!リク!あ、タクシーで帰る?呼ぼっか」
「ああ、折角ならうちの車で送ってあげようか?」
「え!?いや、いいですいいです!こっからなら歩いて帰れる距離だし寄りたいとこあるし!じゃあまた!」
慌てて両手で結構ですの意思を示して、俺は急いで家への道を歩き出した。
後ろから「気を付けてねー!」と有紀の声が聞こえてきたので、振り向きながら控えめに手を振る。
親父さんにも軽く会釈をして、俺は会社を後にした。
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