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「気を付けて帰るんだよ」 父親が渥の背中に優しく腕を回す。まるで本当の親子のように接する父親の仕草に渥が表情を緩めたのが分かった。懐いてる、という表現がしっくりくる。 両親に両脇を固められながら玄関に向かいリビングから姿が見えなくなるまで目で追ったあと俺は、ふ、と息を吐いた。 気付かぬうちに気を張っていたらしい。もう少し三人で話したかった気もするが、なにせ距離感が分からない。 「そういえば二人が話すのこっち来てから初めて見たけど、お前らは変わんないなあ」 横に居る有紀に昔を思い出しながら笑い掛けると、有紀は何も返事をせずただじっとこちらを見ていた。 予想外な様子に一瞬驚いたが、すぐに「なんだよ」と尋ねる。 それでも有紀は黙ったまま俺と視線を合わせたままだ。 「有紀?」 「リクは渥となんて結婚しないよね?」 「は…」 真剣な表情に何事かと思ったが、既に終わっていた話を蒸し返されて拍子抜けしてしまった。 「ばーか。渥が本気なわけないだろ」 「本気だったら?」 「だから、そんなわけ…」 「本気だったらどうするの!?渥に結婚してくださいって言われたら、っリクは…!!」 突然の大きな声だった。 のんびりとマイペースで、昔から怒ることなどそうはなかった温厚な性格の有紀の大声など、もしかしたら初めて聞いたかもしれない。 自分の問い掛けに反応できていない俺を見て、有紀がハッと我に帰ったように目を見開いた。 あっ、 という声が溢れてもおかしくはない表情。 「ゆう、」 「…アハ、嘘で〜す!なんでもない!リクは俺と番になってくれるもんね!約束、したでしょ?」 ガラリと無理矢理に空気を変えた有紀は、ギュッと俺を抱きしめてきた。 「有紀…?」 「そーだ!ちょっと俺コンビニで歯ブラシとパンツ買ってくる!部屋着は貸してね、リクの」 「あー、うん。それは全然構わない、けど」 「エヘヘ、んじゃあね!また帰ってくるー!」 ギュッと抱き付いてきたかと思えばすぐにパッと離れて有紀は立ち上がる。 渥を見送ったのか両親がリビングに戻ってくるのと同時くらいに有紀が出て行った。 母親の「有くん?」の問い掛けに「すぐ帰ってくるねー!」と元気よく返事をしたので、そのまま母親の顔がこちらを向いた。 「有くんどこ行ったの?」 「コンビニ。歯ブラシとかパンツ買ってくるって」 「そうなの?歯ブラシなら新しいのあったのに。パンツは……りっちゃんの使ってるやつしかないわね」 「父さんのもあるぞ」 「いや…さすがの有紀も父さんの使ったパンツは使わないだろ…」 「やだあ!もうあなたったら!」 父親の本気なのか、お茶目なジョークなのか分かりづらい台詞に、母親だけがバシバシと肩を叩き喜んでいた。

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