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「ん、…んん!」
最後の悪あがきで首を左右に振れば耳を強めに噛まれる。柔らかな部分に歯を立てられた驚きと痛みから意図せず吐息が漏れた。
「風邪引いたなんて嘘だったんでしょ?なんか変だなあって思ってたけど、リクは嘘付くの向いてない。秘密なんて持たない方がいいよ」
「…っ……」
Ωだと分かってから、多くの人に嘘を重ねて来た。バースが何かと聞かれるたびに、増えていく嘘の履歴。それを向いてない、と言われた事が衝撃だった。
「あ、でもそっか。違うよね。リク言ってくれたもんね。…ってことは嘘も自分を守る為だ」
有紀と初めて会った日。こいつの部屋で襲われかけたあの時も、常軌を逸する態度が見え隠れしていた。
さすがに家族がいるこの家であの時みたいな事はしてこないと思うが、何故か今はあの時より酷いように思える。何より少し怖い。自分の家だと言うのに突然なんの武器も無く飢えた野犬の前に放り出された気分になる。
「嘘をつかないといけなかったんだよね、自分を守る為に。じゃあしょーがない。俺と一緒だもん」
「んぅ、…ッ」
胸に回っていた手が服の裾から中に入り込んできた。全く動けず体を有紀に預けるみたいな体勢で、頬と頬が触れ合う距離で喋り掛けられる。素肌を滑る指先と、脳内を占拠する声に全身に鳥肌が立って止まらない。どうしよう…どうする?
「…でも頼ってもらえなかったのは悲しいよ。優しくしてあげたのに。ねえ…ほんとに、誰と、いたの」
口元を押さえていた手が静かに離れる。息ができなかったわけじゃないのに、反射的に大きく息を吸った。完全に変なスイッチが入っている有紀から少しでも体を離したいが、口元にあった手は腰に回ってきて余計身動きが取れない。
「……誰とも過ごしてない…。佳威…が…佳威が抑制剤、飲ませてくれた」
そして、俺はまた嘘を重ねる。
自分を守る為に、真実を織り交ぜ巧妙に。
「佳威…クン?抑制剤?」
「…知らないみたいな言い方すんな。Ωのヒートを抑える薬だよ」
「……あー、抑制剤ね。うちの会社がメインで取り扱ってるヤツ」
「そうなのか?」
「凄い効くんでしょ?モットーはΩの体に優しく安全に。よく知らないけど」
「へえ…」
信じてくれてる…よな。この体勢だったことが逆に功を奏したか?正面から対峙していないから嘘をつく時の癖は見抜かれていない。しかも半分は本当の事だ。
話しながら僅かでも力が抜けたら、逃げ出そうと目論んでいたのに有紀の両腕は強いまま。
しかし纏う空気がほんのりと変わったことには気付いた。
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