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09
やっと顔を合わせた春さんはまるで捨てられた子犬みたいな目をして俺を見ていた。
捨てないで。自分を選んで。
そんな幻聴が聞こえてくるみたいに、まるで俺なんかに縋り付くような春さんの表情に胸が締め付けられた。
「教えて、安成…。駄目なとこ…直すから、お願い」
そして、そのまま優しく、でも力強く抱きしめられ俺は春さんの腕の中に落ちた。
そういえば抱き締められたのも久しぶりかもしれない。包まれた柑橘系の香りに、ここ最近を思い出し思うが、何故彼はそうまでして俺に触れようとしなかったんだろう。
恋愛初心者の俺にも分かるくらい、こんなに好きを溢れ出させてるのに。全く意味が分からない。
でも何よりも、つまらないことで悩んで勇気も出さずウジウジしてた俺自身が一番…
一番、意味分かんないや。
「春さん…俺のどこが好き?」
腕の中でボソリと呟く。春さんは俺を抱き締めたまま「全部」と間髪入れずに返事が返ってきた。たまらず笑いそうになるが我慢して言葉を続ける。
「ぜ、全部じゃ……駄目」
「え……でも、嫌いなとこ無い」
「………じゃあ1番好きなところ、ある?」
「…声。俺を呼ぶ、声が特にすき」
少し考えたようだったが、それでもその答えはすぐに返ってきた。
声、か。
絶対元カノとは似てないだろう部分を言ってくるんだもんな、春さん。
もういいや。このまま全部聞いちゃえ。
「俺ね、春さんの元カノの話聞いたよ?俺に似てるんでしょ?…春さんは元カノと俺が似てるからヒトメボレしてくれたの?」
なんとか言葉は出てくるものの内心は心臓がばくばくだ。一瞬固まった春さんだったが、ゆっくりと俺の体を離し、ほんの少しだけ首を横に傾げた。
「全然……似てないけど……」
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