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「………」
お互いの空気感が変わっていき、心地いい柔らかさを孕んでいく。
目の前の逞しい胸板に顔を埋め、背中に腕を回した。抱き締め返すような行動に春さんが俺の頭を静かに撫でて、心地よさに少しの間目を瞑る。できる事ならこのままずっとこうやって抱き付いていたい。
でもその前にこれだけはちゃんと言っておかないと。
ゆっくりと目を開けて、柔らかな表情の春さんを見上げた。
「…あの、さ。あの…春さんは今のままで充分だよ…?俺には勿体無いくらい。だから桃哉くんみたいに黒髪にするとか早妃くん達と縁を切るなんて言わないで。確かに怖いのは得意じゃないけど…それって全部春さんを作り上げてきた、大切なものでしょ?」
春さんの為にある程度素行は改めてもいいかな、とは思うがそれはおいおい伝えるとして。成績はギリギリ問題無さそうだけど、せめて卒業はちゃんとしてほしい。
だけどこれ以前の春さんを構成する要素を変える必要はないと思ってる。
言いながら、叶も似たようなことを言ってくれたよなあ、なんて思った。
あの場での軽いノリ的な意味しかなかったのかもしれないけど「そのままで充分」って、すごく嬉しかったんだ。
春さんも俺と同じ気持ちになってくれたら嬉しいんだけどな。
「逆に俺がビビり直せとか言われても困るし…ビビリなのが俺だし。それと、同じことだよね?だから俺はそのままの春さんがいい」
「…それって…」
「うん…俺も春さんが好きだよ」
――ああ。
やっと言えた。やっと。
付き合って1ヶ月と数週間。
いつの間にか好きになって、初めて好きだと伝えることができた。
誰かに好きだ、なんて恋愛的な意味で言ったの生まれて初めてだ。
耳を押し当てるようにしていると聞こえてきたのは春さんの心臓の音。なんだか早い心拍数に嬉しくなってしまう。
「安成」
両頬に手を添えられて上を向かされた。視界に入り込んできたのは嬉しそうな春さんの顔。蕩けるように甘く優しい、穏やかな笑顔。
「チュー、してい?」
「していいって…それ、聞く?」
そんなセリフ付き合い立ての頃にも聞いた気がする。もういちいち聞くような仲でもない気がするのに、何を今更と思っていると春さんが拗ねたような表情に変わった。
「だってチューしたら我慢効かなくなるし」
「我慢?え、…なんの?」
頬に添えられていた手が背中に回り腰を抱く。密着した体に、春さんの唇が耳元に近付き、耳朶にそっと触れた。
「エッチ、したくなる」
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