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03
世間ではそれを「大人の階段を登った」と言うらしい。
本来ならイコールで童貞卒業ということになるが、残念ながら俺の場合そうではない。だけど正直、初めてとは思えないほど気持ち良かった。
春さんのテクが凄いのが、俺の潜在的なアレがソレなのかは分からないが、とにかく気持ち良かった。俺にもっと想像を膨らませるような文章能力があればめくるめく濃厚で濃密な時間をツラツラと書き連ねたいところだが、残念ながら俺にそんな能力はない。
だから、言う。何度も言う。回数を重ねれば伝わるんじゃないかと思って言う。
春さん!!俺…超気持ち良かっ、
「なに、ニヤニヤしてるの?安成。気持ち悪いんだけど」
「………え?」
俺の脳内発言に被せるように声が聞こえ意識が急速に現実に引き戻された。目の前には「ドン引き」と顔に書いてあるような表情の友人、叶の姿。
そんな叶の顔に、すぐ今置かれている状況を思い出した。
俺の生きてきた中で最上級にいい雰囲気で過ごせたあの日のさらに次の日。
天気は晴れ。俺の心も晴れ渡る中いつものようにお昼ご飯を共にし、なんだかんだ心配をかけた叶に春さんとお互いの気持ちが通じ合った事を伝えた。
「ということは、ついに!安成も大人の階段登っちゃったってわけだ!」
全てを話し終えた瞬間に、アイドル顔負けの笑顔でウインクをしながら叶は笑った。言われるだろうとなんとなく予想はついていたが、あまりにも早い段階で聞かれたものだから俺は堪らず固まってしまう。動かない俺の様子に敏感に反応した叶は笑顔を引っ込めて、まさか…と真顔に変わる。
「登ってないの…?」
「のっ、登っ…登ったよ!!」
「ああ、そう。それは良かった。まさか直前になってビビリ発動したのかと思った」
「さすがにそれは……へへ」
「うわぁ…なにニヤついてんの…あ。もしかしてさっきまでのは思い出してニヤニヤしてたとか?だから気持ち悪かったんだ」
「ぐっ……」
ひどい言い様だが否定も出来ず言葉に詰まると、叶はドン引き顔のまま前のめりになっていた体をガタンと椅子の背にぶつけた。
そして、机に肩肘をつき手の平で頬を支え俺を見つめてきた。
「…まあでもその様子なら随分と優しくしてくれたんだ狩吉。見直したよ。…あーあ!」
「な、なんだよ」
「いや別にね?安成のこと好きなわけじゃないけどさ、なんとなくね。なんとなく可愛がってた小鳥が自分の手の中なら飛び立って行ってしまった気分というか…なんとも言えない喪失感を味わってる」
「意味がわかんないだけど…」
珍しくポエミーな台詞に眉根を寄せると、叶が呆れ顔のまま息を吐いて、笑った。
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