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若干不貞腐れ気味の早妃くんと共に春さんが去った後、机に戻った俺に叶がしみじみ、と言った感じで声を掛けられた。 「安成って凄いよね」 「え、なにが?」 「だってまずあの狩吉が恋人でしょー?んで今そこのチームの幹部に頭下げさせたんだよ?…安成くんはもう実質この学校のトップと同じようなもんだよね」 「は!?」 「ほら、ご覧みんなの目を!」 「……!!!」 「まるで新種の生物を見るかのような怯えの目だ!!」 言われた通り周りを見渡すと、生まれてきてこの方一度も向けられたことのない視線に口の端が震えた。 だってこの視線。これはよく春さんが向けられるやつじゃないか。きっと早妃くんやsakuraのメンバーが一身に浴びてきた視線だ。 ………あ、……あぁ… 俺の平凡で平穏で安全な学校生活が… こんな筈じゃ… こんな筈じゃなかったんだけど、もう当初思い浮かべていた未来予想図が思い出せない。俺はどんな未来を思い描いていたんだっけ? 「やっぱり安成は平凡のトップをいく男だよ!俺は信じてた!これからも是非、不良ハーレムな楽しいスクールライフを楽しんでね。可愛い叶くんが応援しててあげる」 「いっ、嫌だ!不良ハーレムは勘弁して…!!」 ギュッと両手を握り締められる。アイドルに一般人が応援されているかのような不思議な図だが、なんだこれ。 浴びたことのない視線に動揺して涙目になりながら言い返すと、手を握り締めたまま叶が下卑てない自然な笑顔で笑った。 「きっと楽しいよ」 「…………楽しんでるだろ」 「まあね。安成は楽しくないの?」 叶が分かってる癖に分からないフリをして俺を見つめてくる。 この野郎!なんだその可愛い顔は!と頬っぺたを抓りたくなるのを我慢する。どうせ、やったところで3倍返しされるのが目に見えてるし。 俺はゴクリと、唾なのか込み上げてくる胃酸なのかどちらかも分からないものを飲み込んだ。 「こうなったら、もう…楽しむしかないだろ」 「おお!さっすがー、成長したね。安成くん」 思い浮かべていた未来はもう見られないかも知れない。今でも怖いものには近寄りたくないし、避けて通れるものは避けて通りたい。だってそれが俺の唯一の個性だ。 だけど近寄ってこられたら、そしてそれが怖いものじゃないのなら。 そして俺はその怖い対象だったものが、今までに感じたことのない感情を与えてくれることを知ってしまった。 春さんを知ってしまった。 俺はもっと春さんのことを知りたいんだ。 「安成」

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