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「笑顔って…」
それでも叶以外頼る人間も居らず、言われた通り笑顔を作ってみるが、そんな俺を見た叶のなんとも言えない顔に察してしまう。
「…引きつってる?」
「かなり」
自分でも分かるくらいだ。相当酷い笑顔をしているに違いない。
「安成」
笑顔を作ることに必死だった為か、廊下側から突如聞こえたまだ聞きなれない低音に、大袈裟なくらい飛び跳ねてしまった。漫画だったら椅子から数センチ浮かぶやつだ。
慌てて声のした方を向くと、教室の扉付近に狩吉さんが気怠げに立っていた。
今日も相変わらず目立つ金髪に、はじめからきちんと着るつもりもないような制服を着ていて、纏う雰囲気は俺とは正反対。
こちらを捉える瞳は鋭利で、今の俺の気持ちを例えるならば肉食獣に見つけられた草食動物の気分だ。
「っ…」
俺は叶に言われていた笑顔なんか忘れ、ガタガタと席を立ち転びそうになりながら狩吉さんの元に走り寄った。呼ばれたなら行くしかない。数秒でも待たせて怒鳴られでもしたら…そっちの方が怖い。
周りの奴らからは、哀れみの目を向けられているのがすぐに分かった。あの狩吉さんが自分のクラスでもないこの教室に現れ、明らかに同類ではない俺を呼び出したのだ。
カツアゲかパシリか…どちらにしても猛獣の餌食になるのは間違いない、といったところか。
バクバクする心臓を何とか抑えつけ、狩吉さんの前まで行くと狩吉さんは、また昨日と同じように震える俺の右手を取って指先を絡めた。もう一度上から「安成」と名を呼ばれ、意図せず上目使いで見上げると、狩吉さんはただジッと俺を見下ろしていた。
「おはよ」
ゆっくりと、柔らかく、その3文字を刻み、狩吉さんは目元を緩めた。
「!……お、おはよう!…ございます」
ん、と頷いてもう片方の開いてる手が俺の寝癖のついたままの黒髪を撫でた。まるで小さな子供にイイコイイコをするような仕草に、呆気に取られてしまう。
何をされるかいちいち怯えてしまうのが申し訳なくなるくらい優しい手つきだった。
「安成。今日、ガッコ終わったらいっしょに帰ろ?」
「…う、うん」
その優しい手つきにぴったりな優しい声色で囁かれて、俺はコクコクと頷く。
「約束」
俺が頷いたのを満足そうに捉えると、狩吉さんはその高い身長を少しだけ屈めて、俺の唇にそっと触れるだけのキスをした。
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