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壁にもたれ掛かりながら目を細めて昔を思い出すように語る早妃くんに、ほんの少し心がそわそわしだす。 この話、俺が聞いてもいい、のか…? 「あん時はまだ春ここの幹部だったから俺らに紹介とかは無かったんだけどな、今みたいにセフレと全部手ぇ切って、そいつ一筋でもうそりゃベッタベタで」 思い出したのかハハと笑うが、目だけは違うことを考えているのかただ細められただけだった。 「でも相手がまた、ふっつーのオンナでよー…そういやちょっと仲花クンと雰囲気、似てっかもな」 視線がこちらを向いて嘲笑うような表情に居心地が悪くなる。 暗に俺のこともふっつーの奴だと言ってるんだよな。もちろん俺は普通の男子高校生でどちらかと言えば地味な方かも知れないということは自負している。 だから早妃くんの発言に間違いは無いのだが――なんだか嫌な気持ちになる。 「春は俺らが尊敬してるすげー奴なんだよ…。なのにあんな大して可愛くもないオンナが傍に立ってるなんてありえねーだろ?だから周りが言ったんだよ。春にはあいつは似合わない。もっとキレーな奴紹介してやるから別れろよって、な」 水道水で濡れた手からポタリと、ポタリと雫が床のタイルを濡らす。 僅かな照明から溢れる光が、早妃くんの目の光を静かに反射させた。 「そしたら、春ブチ切れて、もうボッコボコよ。チームの頭が出てくるまであいつ止まんなくてさ。あん時の春はヤバかった。ジロはチーム潰しの時がヤベーって言うけど、俺はあん時が一番ヤベーて思うわ」 ジロとは多分春さんの話を自慢げに話してきた彼だろう。 話を聞きながら自分ではよく分からない感情が静かに湧き上がってくる。 掻きむしりたくなるような、胸の奥のモヤ。 見えない何かが纏わり付いてくる感覚がする。 「だから俺たちゃもう春の付き合う相手に口出すのはやめようっつーことになったわけよ。…でもまあ、ハハ。その数ヶ月後に突然別れちまったけどな」 楽しそうに笑う早妃くん。何故かその笑顔だけは本物なんだろうなと思ってしまったが、何がそんなに面白いのか。 元々何を考えているのか分からない人だとは思っていたが、それにも増して目の前の人物の心が掴めなくて不安を覚える。 「別れたって……なんで…?」 なのに、俺はそんな相手に聞いてしまった。 聞くな、聞くな。 そんなの聞いたって意味ない。 終わったことだ。 分かってるのに。気になってしまったが最後。 口は勝手は疑問を声に出してしまっていた。

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