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「……春さん」
ピリピリする空気感に不安を感じて、もう一度控えめに名前を呼ぶとスリ…と柔らかな髪が頬に触れる。甘えるような仕草に単純にも胸が高鳴る。
でもすぐに叶の方へ顔を戻すと、耳元で聞こえてきたのはまるで威嚇するみたいに低い声だった。
「俺の」
一瞬面食らったような表情を見せた叶だったが、すぐに意味を察したのかニッコリとアイドルがファンに向けるような笑顔を作る。
こいつのこの笑顔は我が男子校でも最強に人気が高い。可愛い。崇めたて奉りたい。連れて歩きたい。抱きたい。などと下世話な話をしてるのをよく聞く。
しかし当の本人は現在、彼女以外に興味がないらしく聞こえぬフリだ。
「ごめんね?つい」
例えどんなに可愛い笑顔を作れるとしても、春さん相手に怖がりもせず笑いかけられるのが凄い。こんな可愛い顔して怖いもの知らず、というか勇猛果敢な部分がある。多分俺より男らしいんじゃないかな。
叶の言葉にフンと鼻を鳴らすと、春さんは俺の腕を掴んだ。帰ろう、ということだろうか。慌ててカバンを掴んで椅子から立ち上がった。
そんな俺たちの様子を見ながら、叶は机に両肘を突いてその上に顔を乗せる。よくアイドルが写真集とかでするポーズだ。上目遣いでいつも以上に可愛い。
「でもさー?そんなことする暇あったら大切な相手不安にさせてることくらい察したら?安成は狩吉の恋人かも知れないけど、俺にとっても大切な友達なんだよ」
「おっ、おい、叶…」
本人目の前にして変なこと言うなよ…?と目配せするが、叶は敢えて無視して言葉を続ける。
「めちゃくちゃにしたら怒るよ、マジで」
そして、またニッコリ。
叶…そこまで俺のことを考えてくれてたなんて、俺、嬉しいよ。でも。でもな?今、春さんの神経を逆撫でするようなこと言うのはやめといた方がいいと思うんだよマジで…!!
いくらなんでも俺の友達を殴ることなんてしないだろうが、恐る恐る春さんを見上げる。
予想に反して、何を考えているのか分からない程に無表情。
春さんが、叶に何かを言い返すことは無かった。
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