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昇降口で空を見上げながらバサッと透明のビニール傘を開く春さん。俺もカバンに入れておいた折り畳み傘を出そうとしていたら「行こ」と手を引かれ傘の中に入れられた。 意図せず生まれて初めての相合傘である。 とはいえ、いくらなんでも男が2人。持ち前のもやし体型を生かしたところで、どう頑張ってもどちらかの肩が濡れる羽目になるのは分かりきっていた。もちろんそれが自分ではなく春さんだということも―― 「春さん、俺…傘あるよ?これじゃ、あの…」 「いいよ」 「え…で、でも……」 チラリと見る反対側の肩はやはり濡れていて、俺は力強く首を振ってカバンから傘を出して開く。 「春さんが濡れるのは、俺が嫌だっ…から」 「…気にしないのに」 春さんが気にしなくても俺が気にするの!とまでは言えないが寂しそうな目に胸が苦しい。 俺だってそんな顔させたくないよ!でも濡れて風邪引くほうが可哀想だ。 まあ免疫力高そうだし風邪なんて引きそうにないけどさ… 雨の中、通い慣れた道を並んで歩く。歩くたび地面に流れた雨が靴底に張り付くように小さく跳ねた。 チラホラと下校中の生徒が目に入るが、顔はよく分からず見えるのは傘ばかり。いつも気にしてしまう周りの視線を感じない。 まるで2人きりのような錯覚に陥って、知らず識らずのうちに緊張している自分に気が付いた。 「安成」 「ひゃひ…!?あ、ごめん。どうかした?」 突然横から話し掛けられ、驚きに裏返る声。顔を向けるが春さんはこちらを見ずにただ前をぼんやりと見ているようだった。 「……春さん?」 「……安成、昨日サキになんか言われた?」 ぽつり、と呟くような問い掛けに条件反射のようにビクリと肩が震える。 ゆっくりと春さんがこちらを向いた。 「変なこと、言われてない?」 「…う、ううん。なにも」 なにも言われてないよ、と繰り返す。春さんのさす傘からポタリポタリと水滴が落ちて行く。 「なんの話してたの?」 「えと、みんな優しいね、とかそんな話」 「他には?」 「ほ…ほか………?」 いやに食いついてくるな今日の春さん。早妃くんが何か言ったんだろうか。彼なら何か変な事を言っていてもおかしくはないが。 「特には、ない、かな」 「……そっか」 春さんが低いトーンで相槌を打ち再び俺から目を逸らす。 あ…、と思った。 今までは怖くて怖くて堪らなかったのに、視線が逸らされて、春さんの視界から俺がいなくなることが「嫌だ」なんて思ってしまった。 「あの!あ…そういえば、浮気するなよって言われたよ!早妃くん、春さんのこと大切なんだね」 歪んだ思想はどうであれ早妃くんが春さんのことを尊敬して大切に思っているのは間違いない。 無理矢理話を繋ごうとした俺に、春さんは驚いたようにこちらを見る。 「はは、でも俺が浮気するわけないよね。そんなこと俺にできるわけ…」 苦笑いしながら春さんを見上げた俺だったが、次の瞬間には何も言えなくなっていた。

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