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ドアの近くに立つ春さんはジャケットは着ておらず、学校規定のネクタイを付けている。あれを結んだのは俺だ。 春さんがネクタイをするようになって、突然先生に呼び止められたことがあった。 何事かと腰が引ける俺の両肩を掴んで「素晴らしいよ!仲花くん!」と満面の笑み。春さんが学校によく来るようになったことを褒められた。 そして彼の行動が落ち着いて嬉しい、と複数の先生達から物凄く感謝されたが、多分それはあれだ。俺が暴力や煙草、騒がしいのが苦手だと知ってから春さん自身が大人しくしているからだ。 でもなんで先生がそんなことを知ってるんだろう、と不思議に思いながらもニヘラと愛想笑いを浮かべたことを思い出す。 きちんとしたネクタイの結び方も知らなかったのか覚える気が無かったのかは定かではないが、春さんに一度結び方を教えてあげたらそれ以来毎朝結んでとお願いされるようになった。 あの見た目でボタンをしっかり留めるのもおかしいし、でも第3まで開けるときちんと結べないしで結局第2まで開けてその下で緩く結ぶ。春さんの制服姿はこの1ヶ月でかなりマトモになった気がする。これも先生達から称賛を受ける所以となったわけだが…別に先生に感謝されたくてしてるわけじゃないんだけどね。 朝に結んだネクタイのまま現れた春さんは、柔らかな表情で俺を見ていた。 「春さん!おつかれさま」 すぐにカバンを持って席を立つ。俺を見下ろす彫りの深い両目と目が合って、今日しちゃうのかな、と。 元カノの変わりに、俺、しちゃうのだろうかと一瞬脳裏を掠めた。 「どした?」 「え!?」 余計な事を考えてしまい春さんに敏感に気付かれて顔を覗かれたので慌てて首を振る。 「なん、なんでもないよ!帰ろう!」 「?…うん」 腑に落ちない様子の春さんの腕を掴んで歩き出すと、下から手首を掴まれ手を繋がれる。見上げると俺の大好きな笑顔に戻っていた。

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