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塀の向こう側

紫宝堂を後にし、城の方に戻ろうとする途中、塀に囲まれた、ある一角にカノンは気づいた。 「鬼八郎(きはちろう)様、ここは何ですか?」 「ん?あぁ……」 鬼八郎は、少し黙って塀を見つめていると、「中、入ってみるか?」とカノンに問いかけた。 「いいんですか?」 「塀で囲まれてるけど、ここは誰でも入っていいんだ。ここに会いに来る人も沢山いるしな」 少し寂しそうな、微笑んでいるような不思議な鬼八郎の横顔をカノンは見ながら、首を傾げた。 (いつもの鬼八郎様とちょっと違う……?) 「カノンも会っとくか」 「どなたにですか?」 「俺の母ちゃん」 木製の門を鬼八郎が片手で開けると、そこには石が並んでいた。 国が違えど、寂しいだだっ広いところに石が並んでいる景色が何を指しているのか、カノンでも分かった。 鬼八郎は、カノンと手を繋ぎながら、細い通路を進んでいく。 「ここ」 一番奥。 白い花が飾られている。 「俺の母ちゃんが眠ってるんだ」 「鬼八郎様の、お母様……」 「たまにきて、花とか置いておくんだけど、誰か来たのかな?」 鬼八郎は白い百合の花を少し触った。 「ここが、三丁目なんだ」 「え、そうなんですか?」 「三丁目は墓地なんだ」 いくつもの墓石が並んでいる。 その中にぽつりと置かれている墓石。 「……お母様は、いつ……?」 「俺が、すげー小さい時。五つくらいだったかな。病気で。元々体が弱かったんだ」 「寂しくないのですか……?」 「小さい時は寂しかったけどな。楽しい思い出もあるから、今はそんなに寂しくない」 後ろにいたカノンをふと見ると、二色の瞳から大粒の涙を流していた。 「うえぇ!?カノン!?何で、泣いてんだ?」 「……っぐず!だって……き、はちろう、様がぁ……寂しそうに、わ、らうからぁ……僕、なんだか悲しく、なってきて……っ」 両手で顔を覆って泣き始める。 自分のために泣いてくれているのかと思うと、鬼八郎は愛しさで胸がいっぱいになる。 「ありがとう。カノン、泣いてくれて」 ふわふわの蜂蜜のような色の髪を撫でる。 顔を覆っていた両手から真っ赤な目元と鼻が見える。 「ははっ!鼻真っ赤!」 思わず鬼八郎が笑うと、カノンは少しムッとした顔をする。 「鬼八郎様が泣かないからですっ!」 こんな風に怒ったカノンを見るのは初めてで、怒った顔さえも可愛く思えるなんて、もう末期だな、と鬼八郎は心の中で笑ってみる。 「ごめんごめん。ありがとう、カノン」 「いえ……鬼八郎様のお母様にご挨拶出来て嬉しいです」 涙目になりながらも、ニコリと笑う顔が鬼八郎の心をくすぐるようで、愛しい。 「そろそろ戻るか」 「はいっ!」 手を繋いで帰ると、太陽が傾きかけていた。 楽しい時間はあっという間だ。 「カノン、また散歩しような」 「はい!僕も鬼八郎様とお散歩、沢山したいです」 カノンのアメジストとサファイアの瞳が光にあたり、美しく光る。 ……いつか、カノンが帰る日が来たら、こんな何気ない日々でさえも愛しくなるのかなと思うと、鬼八郎は少し切なく感じた。

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