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アメジストの瞳

本来ならば、一戦一戦熱い戦いを語らなければならないが、それも必要なさそうだ。 「ま、参りました……」 お花はツボとサイコロを床に落とし、項垂れた。 「す、すげぇな……カノン。全勝じゃん……」 「へへっ」とカノンは照れ臭そうに笑っている。 一回目、カノンが「丁!」と当てた時、お花は「三回勝負です!」と後出しじゃんけんのように言い放った。 「初心者の方は運が強いことがありますから」 お花はそう言って、三回勝負に臨むも、結局、カノンが三回とも言い当てた。 いつの間にやら、他の鬼たちもわらわらと寄ってきて、見物する始末。 お花も意地になって、 「十回勝負ですっ!」 と叫んだ。 「ずるすぎるぞ!お花!!」と鬼八郎が野次を飛ばすも、お花は知らん顔でツボを振る。 ……それでも、カノンは全て言い当てたのだ。 そして、冒頭に戻る。 「な、何故ですの……?賭け事ですから、負けることも覚悟の上でしたが、全敗なんて……初めてです……っ」 「ぼ、僕、いけないことをしてしまったんでしょうか?」 カノンはお花の敗れっぷりを心配して、鬼八郎を見上げる。 「いや、カノンはなーにも悪くない。お花、今日はこれくらいで帰るからな」 鬼八郎はカノンの手を引いて、賭場を後にした。 お花の「わっちは鬼八郎様を諦めませんからねーーーー!」という叫びがこだましていた。 四丁目を後にして、五丁目にやって来た。 ここが城下町で一番端っこの町である。 閑静なところで、家もぽつぽつと建っている。 鬼八郎は、そういえば……と思い出した。 「カノン、ここら辺でカノンの指輪をもらった店があるんだよ」 少し歩いたところに『紫宝堂』と書かれた看板があった。 色ガラスが嵌められた引き戸を引くと、店主の類が掃除をしていた。 「若様、いらっしゃいませ」 相変わらず柔和な雰囲気で、鬼を怖がるカノンも類は怖がらずに「こんにちは」と挨拶をした。 「類、近くまで来たから寄ってみた」 「ありがとうございます。……この方が、若様のいい人ですね?」 類はカノンの薬指に嵌められた指輪を見た。 「まぁ、そうかな」 「鬼八郎様、『いい人』とはどういうことですか?」 「え!?まぁ、その……大事な人って意味だよっ」 ちょっと言葉を濁した。 その様子をクスクス笑いながら類が見ていると、カノンの目の色に気づく。 「わぁ……オッドアイですね」 「おっどあいって何だ?」 聞き慣れない言葉に鬼八郎は首をかしげた。 「オッドアイとは、目の色が片方ずつ違うことを指すんですよ。まるで、サファイアとアメジストの瞳ですね……」 類はカノンの瞳に吸い込まれるように、手を伸ばした。 カノンは類のその様子が怖かったのか、目をぎゅっと瞑った。 「類、触んな」 鬼八郎はカノンを背中で隠した。 カノンは鬼八郎の着物をきゅっと握る。怖がっていることが分かり、カノンの小さな手を繋いだ。 「あっ、すみません……!失礼なことを……」 類はぱっと手を引き、後ろに下がった。 「いや、いいけど……カノンが可愛いのは分かるけど、怖がらせるのはダメだからな!!」 鬼八郎は小さい子に言い聞かせるように類を叱った。 「カノンさん、申し訳ありませんでした」 「だ、大丈夫です……!ちょっとびっくりしただけです」 「あ、お詫びといってはなんですが、これを若様に」 類が商品の入ったガラスケースを開け、一つの指輪を差し出す。 それは、青い石が嵌められた指輪だった。 「すげぇ……カノンの瞳みたいだ」 「これはサファイアです。サファイアの石言葉は『一途な想い』」 「一途な、想い」 鬼八郎は、思わず自分の背中の影に隠れているカノンを見る。 出会った時から変わらない。 カノンの綺麗な瞳に惹かれた。 可愛くて、優しいカノン。 知れば知るほど、好きになった。 「若様にぴったりの指輪だと思います」 「……ありがとう、類」 鬼八郎は自分の指に嵌めようとする。 ……が、どの指にも合わない。 せっかくいい感じにまとまりかけたが、残念ながら、どの指にも合わない。 「じょ、女性用なので、若様には少し小さいのかもしれませんね……。調整もできますけど……」 「いや、いいよ……指輪って無くしそうだし」 鬼八郎は自分が悪い訳では無いのに、すごく恥ずかしいような気がしてならなかった。 「あ!でしたら、この金の鎖に通して……出来ました!」 指輪を鎖に通して、類は鬼八郎の首につけた。 「鬼八郎様、すごく素敵です!僕とお揃いですね」 よく見ると細工もカノンと同じような細工がしてあり、お揃いのようだ。 「鬼八郎様と同じものを身につけられて、嬉しい」 「カノン……っ!俺も嬉しい!!」 これってすごく、恋人っぽい。 鬼八郎はさっきまでの恥ずかしさもどこかへ吹っ飛んでしまった。 サファイアの指輪をもらい、店を後にした。 類は二人の背中を見送りながら、カノンの瞳を思い出す。 「……本当に、奪ってしまいたいくらい綺麗な瞳だな」

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