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カノンの一日 その三
「たっだいまぁー!カノーン!!」
障子をぱーんと鬼八郎 様が開けると、満面の笑みで部屋に入ってきた。
「おかえりなさい!」
僕も笑顔でお出迎えする。
そうすると、いつも鬼八郎様はぎゅーって僕を抱きしめてくれる。
「んんんーカノン!会いたかったぁ!!」
ぎゅーぎゅーって抱きしめてくるから、僕の足、ちょっと浮いちゃってます!
鬼八郎様は背が僕よりずっと高いから、いつも少し浮いちゃう……。
「カノンー!……ん?何だ?なんかもぞもぞ動いて……って痛ぇ!!」
「あ!ダメだよ!!シロ!」
「シ、シロ?」
鬼八郎様の人差し指に食いついている白いトカゲは、鬼八郎様の指先にぷらんとぶら下がっている。
「シロ!離しなさい!」
僕が叱ると、シロは渋々鬼八郎様の指先を離した。
「何だこれ、トカゲか?」
「トカゲ……みたいな?」
僕もよく分からない。
白い鱗に覆われて、背中に小さな羽のようなものが見える。
人間界のトカゲとは違うのかなぁ?
「もしかして、竜とか?羽生えてるし」
「わぁ!竜なんてかっこいいですね!」
よしよしと指でシロの頭を撫でると、僕の指に擦り寄ってくる。
可愛い~!
お父様に聞いたら、僕のこと、お母さんだと思ってるんだって。
「カノン~俺もなでなでしてほしい~」
鬼八郎様が甘えるように、膝に頭をのせる。
フワフワの赤毛が少しくすぐったい。
「鬼八郎様、今日もお疲れ様でした。毎日大変ですね」
よしよしと頭を撫でる。
「うん~……でも、カノンにかっこいいところ見せたいから頑張る」とウトウトしながら話してくれた。
そのまま寝てしまったらしく、寝息を立てている。
「おやすみなさい」
鬼八郎様はいつもかっこよくて、素敵ですよ。
シロも僕の服の胸元に入り、ウトウトしてる。
暖かいところが好きなのかな?
ゆっくり休んでね。
シロが生まれてから、僕はシロと過ごすことが多くなった。
鬼八郎様は僕といてくれようとしてくれたけど、相変わらずお祭りのことで忙しいみたいで鬼一様に引きずられながらお仕事に行かれてしまった。
「シロ~、ご飯の時間だよ」
シロは不思議とお水しか飲まなかった。
あと小石。
小さな石を頬張るようにガリガリと噛んでいる。
「シロ、石っておいしい?」
きゅるんとした青い目でこちらを見てくる。
潤んだ瞳がとっても可愛い。
「まだいっぱいあるからね。いっぱい食べて、大きくなってね」
指で頭を撫でると、気持ちよさそうにしてくれる。
どれくらい大きくなるのかなぁ?
「火が消えた?!」
鬼八郎様が声を荒らげる。
鬼一様と仕事のお話をしてると思って、僕はシロと一緒に隣の部屋にいた。
そっと襖を開けると、難しい顔をしてお二人が話し合っている。
「『竜の火』がないと祭りが出来ないなぁ」
鬼八郎様はぽりぽりと困ったように頭を掻く。
「確か、今世の竜神はもうすぐ寿命か……そろそろ新しい竜神が生まれる頃か?」
「誰も生まれた所なんて見たことないだろ……。最悪、火は灯さずにするか、こっちで普通の火を用意するかだな」
「鬼八郎、神官たちや長老が許すか?」
「お願いしようにも、竜神なんて、どこに行って会えるか分からねぇしなぁ」
二人ははぁ……とため息をついた。
なんだか大変なことになったみたい。
あんなに浮かない顔をしてる鬼八郎様、初めて見た。
「シロ、何かしてあげたいけど……僕は何がしてあげられるかなぁ?」
シロは僕の肩までよじ登ってくると、頬っぺをチロチロと舐めた。
「慰めてくれてるの?ありがとう、シロ」
きゅうきゅうと鳴くシロはとても可愛い。
少しだけ元気になった。
僕ができることって……。
夜になって、鬼八郎様と眠る。
考え込むように天井を見つめている。
「鬼八郎様、寝ないんですか?」
「ん?あぁ……もう寝るよ。カノンも気にせず寝ろよ」
鬼八郎様は僕の頭をポンポンと撫でてくれた。
大きな手で撫でてくれるの、とっても気持ちいい。
「あの、僕も鬼八郎様のこと、なでなでしたいです」
「な、なでなで!?」
「僕も落ち込んだ時は、兄様がなでなでしてくれたんです」
「兄さん、会いたいか?」
「……はい。会いたいです」
「そっか」
そう言った鬼八郎様の顔は、とても寂しそう。
僕は堪らず、鬼八郎様の頭を僕は抱きしめた。
「カカカ、カノン……っ!?」
「大丈夫。お祭り、絶対上手く行きますよ」
「え?」
「僕はこうやって、お傍にいることしか出来ないけど、ずっと応援していますから」
僕は鬼八郎様の赤い髪をポンポンと頭を撫でた。
昔、兄様がしてくれたみたいに。
「ありがとう……カノン」
少しは元気になってくれたら、嬉しいな。
――――
ふわふわとした雲の上にいるみたい。
あたたかいお日様の下で日向ぼっこしてる僕と兄様。
昔は本を読みながら、お庭でよくお昼寝したっけ。
きゅうきゅうと声が聞こえたので、声の方を見ると、白髪の幼い男の子が立っていた。
青い目をした男の子で、僕よりも背が低い。
「君は誰?」
「……シロだよ。母様」
シロって……あのシロ?
「人の形になったの?それに、母様って?」
「我の母様。卵の時に口づけしてくださった。暖かくて、優しい気持ちがとても嬉しかった」
ふわりと笑うシロが可愛くて、弟ができたみたいだ。
「我をここまで育ててくれたお礼にと幸せな夢を贈りたかったのだが……まだ力が十分ではなかったので、少ししか見させてあげられない」
しょんぼりと肩を落とすシロの頭を僕はなでなでした。
僕を思って、兄様の夢を見させてくれたんだね。
「シロ、素敵な夢をありがとう」
「……母様。我は帰らねばならぬ」
「帰る?どこに?」
「……我の生まれた場所に。大きくなるにはどうしてもそこに帰る必要がある」
「そんな……せっかく仲良くなれたのに」
「母様。必ず、大きくなって、母様の元へ戻ると約束しよう。その時は母様の守る立派な……」
真っ白な光に包まれ、シロの声が遠くなる。
待って、シロにお別れの挨拶してない。
元気でねって言いたいのに、シロは光の中に消えていく。
「カノン!大丈夫か?」
「鬼八郎様……?」
「大丈夫か、うなされてたぞ」
「……シロは!?」
小机の上には、シロの小さい籠があり、慌ててそのカゴ見ると、昨日までいたはずのシロがいない。
「シロがいない……」
「あのトカゲいないのか?」
こくりと僕は頷く。
昨日の夢、シロが見させてくれた夢だったのかな。
「カノン、探してきてやるから、そんなに落ち込むなよ」
僕は首を横に振った。
多分、シロはもうここにはいない。
「いいんです、鬼八郎様。シロはもうここにはいないと思います。夢の中で、シロが言ってたんです。行かなければならない所があるって」
「行かなければならない所?どこだ?」
「分からないけど、シロは最後に僕に挨拶しれくれたんです。大きくなったら、僕に会いに来てくれるって。だから、それまで僕は待ちます」
「探さなくていいのか?」
「……僕、シロのお母さんだから」
鬼八郎様は何か納得したようににこりと笑った。
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