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賭場のお花

鬼八郎(きはちろう)は闇市を飛び出し、賑やかな大通りに出る。そのまま走って、横道に入ると、大きな朱色の門が出てきた。 門の横には、大きな男の鬼が二人立っている。 「おい!済まねぇが、お花はいるか!?」 門番の一人に聞くと、男は鬼八郎を見下した。 「あぁん!?お花なんて気安く呼んでんじゃねぇ!ガキが!」 凄む鬼をもう一人の門番が止める。 「おい!こちらは首領の若様だぞ!」 「え!?……こ、こりゃぁ失礼しました……ご主人なら、中にいらっしゃいます」 「若、すんません……こいつ、新入りなもんで」と先輩鬼が謝る。 大きな鬼がへこへこ謝る姿は、異様な感じがするが、鬼八郎は、ニカっと笑って「気にしてねぇよ!」とあっさり許した。 「それより、お花!お花に会わせてくれ!!急用なんだ!!」 新入り鬼と先輩鬼が大急ぎで門を開け、鬼八郎と鬼一を中に入れた。 中庭を通り、『一攫千金』と書かれた看板が入り口に飾られており、入り口を隠した赤色の暖簾をくぐった。 「半か丁か!さぁ、はったはった!!」 「半!」 「半!」 「俺は、丁だ!!」 男たちの熱気が室内を曇らせている。 汗や酒の臭い、煙草や煙管の臭いが漂う。 屏風でいくつかに分けられた5~6人1組で賭けをしている。 「はったはった!……勝ったら、わっちと接吻してあげるからね~」 ここには似つかわしくない、艶っぽい、甘い声が聞こえる。 片方の肩を出し、艶やかな長くて黒い髪は、高く結い上げられている。 口元は赤い紅を引き、粉をはたいているらしく、真っ白な肌をしている。 「あ!お花!」 鬼八郎が声を掛けると、お花はぱぁと笑顔になった。 「鬼八郎様~~!会いたかった……!!」 お花はサイコロを蹴飛ばし、ついでに客も蹴飛ばしながら、鬼八郎に抱きついた。 「もう、鬼八郎様ったら、全然来てくださらないんだもの……お花、寂しかったぁ」 「あー最近、遊びに来てなかったもんな……ごめん。でも、俺こういう賭け事って向いてなくてなぁ」 鬼八郎は困ったようにボリボリと頭をかく。 「もう!賭け事なんてしなくてもいいの!鬼八郎様が来てくれただけで、お花の心は十分満たされるんだから……!」 お花は抱きつきながら、鬼八郎に熱い目線を送っていた。 すると、傍にいた鬼一(きいち)が、ばりっとお花を剥がした。 「1秒以上若に触るな、カマが。若が穢れる」 「あぁん!?んだと、腰巾着!ここはわっちの店なんだから、お前が()ね!」 さっきの艶っぽい声とはうって代わり、低い男の声になった。 そう、お花は美しい容姿をしているが、実は男。 外で柄の悪い鬼にお花が絡まれており、それを鬼八郎が助けたのが縁で、仲良くしている。 というより、一方的にお花が鬼八郎に一目惚れをしている。 そして、鬼一とは反りが合わないらしく、いつも喧嘩している。 「あ!お花、頼みがあるんだ!」 「何なりと……!」 「2500万、貸してくれ!!必ず返すから……!」 「2500万?そんなのすぐにご用意できますけど、お金を貸してくれなんて、珍しい。何かお買い物?」 お花がそう聞くと、「んーちょっとな……」と濁した。 「ちょっと待っておくんな」とお花が奥へ行き、大きな鬼にこそこそと話した。 「すぐ用意させましたから、ここで待ってておくんな」 「ありがとう!お花!お前が金貸しで良かったよ」 「金貸しで喜んでくださるなんて、鬼八郎様くらいですわ」 お花は着物で口元を隠しながら笑った。 「お花、俺必ず金は返すけど、すぐには全部返せないんだ……」 「そんな!返済なんていりません!あの時助けていただいたご恩がありますから。困ったことがあったら、いつでもわっちがお助け致します……!」 「いや、ちゃんと返すよ。大事な金だろ?」 鬼八郎が微笑むと、お花は「あぁ……そんな義理堅いところも、素敵……」とよろめく。 「じゃあ、お金は……お金はいりませんので、その……鬼八郎様が身につけているものをお一つ下さいな……お花はそれだけで満足でございます」 「え?身に付けているものって……何も持ってないしなぁ……あ、じゃあこれやるよ」 鬼八郎は着ていた着物を脱いだ。 上半身裸になり、股引(ももひ)きだけになった。 お花は嬉しさのあまり震える手でそれを受けとると、着物に顔を埋め、スーハースーハーと臭いをかぎだした。 「鬼八郎様の匂い……!わっち、これからこの着物を抱きながら、眠ります……!」 「そんなんで良ければやるよ、汗くさいと思うけど」 「いいえ……!むしろ汗くさい方が嬉しゅうございます!!」 お花は着物を胸に抱きながら、泣いていた。 「ご主人、用意できました」 大きな鬼が皮の鞄にお札をつめてくれたらしく、お花に渡す。 「鬼八郎様、どうぞ」 「ありがとう、お花!助かった!!」 「こんなお金で良ければ、いつでもお渡し致します……!」 お花は頬を赤らめながら、鞄を鬼八郎に渡した。 それを受けとると、一目散に鬼八郎と鬼一は闇市へと走っていった。

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