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怖がらせたくない
気を失ってしまったため、ひとまず鬼八郎 の部屋で休ませた。
よほど疲れていたのだろうか、一億出して買ってから、丸2日が経った。
「まーだ起きねぇなぁ……」
鬼八郎はずっと布団から離れず、寝顔を見つめていた。
「やっぱり……かぁわいいなぁ~~」
ずっと寝顔を見つめているだけでも、愛しさで心が満たされる。
思わず鼻の下が伸びる。
「……アホ面」
鬼一 は胡座をかき、本を読みながら、ぼそりと言った。
「んだとゴルァ!」
鬼八郎は大声を張り上げると、少年は「んぅ……」と小さく呻いた。
「あんまりうるさいと、また怖がられるぞ」
「ぐ……っ!」
思えば、確かに鬼八郎に対する第一印象は最悪だった。
思いっきり睨んでしまい、そして気絶させてしまったからだ。
(もう、怖がらせたくない……!)
「若~~!買ってきたっすー!!」
鬼三 が大きな袋を2つ持ちながら、部屋にドタドタと入ってきた。
「何だそれ」
「鬼一、見てわかんねぇのか!? 」
「兄貴、甘栗っすよ!」
鬼三はにかっと笑いながら、袋を開けて見せた。二三個、甘栗がコロリと転がり出る。
「そんなもん、見りゃ分かる。何で大量に甘栗なんか買ってきてんだって聞いてんだよ」
「だーかーらー!2日も寝てるんだぞ!腹が減ってるに決まってんだろ!?」
「だからって何で甘栗……」
「美味しいからに決まってんだろ!?」
鬼一は、はぁ……と深くため息をつくと、「子供に食わせるんだったら、菓子とかにしろよ。人間は俺たちみたいに牙とかないから、殻ごと食わねぇぞ」と呆れたように言った。
鬼八郎と鬼三は、「え?」と間抜けな声を出した。
「じゃあ、どうやって食うんだ?」
「人間は殻を剥いて食べるんだ」
「そんなまどろっこしい食い方するのか!?知ってたか?鬼三」
「し、知らなかったっす……」
「若、あんたが甘栗の殻を剥くなんて細かい作業できるとは思えねぇ」
ぐうの音も出ないとは、まさにこのこと。
確かに、鬼八郎は不器用で力もそこらの同年代の鬼よりも強いため、殻を剥く前に潰してしまうだろう。
「鬼三……街の甘味処に行って、ありったけの菓子買ってこい!!!」
「は、はいっす~~!!」
鬼三は部屋を飛び出し、またもや街へと走っていった。
どたばたしていたためか、少年の睫毛が震え、ゆっくり目を開いた。
「おい、鬼一!目、覚めた!」
鬼八郎は、あの美しい二色の瞳にもう一度自分が写るのかと思うと胸が高鳴っていた。けど、もう一度怯えられたら……、どう接したらいいんだろう。
少年はゆっくりと目を開き、辺りをゆっくり見渡した。
そして、鬼八郎と鬼一を見て、びくりと体を震わせ、布団に潜り込んでしまった。
「あっ!あの、俺ら、お前……じゃなかった、君を怖がらせたいわけじゃないんだ。何がしたいかというと……その、話がしたくて……!」
鬼八郎はしどろもどろになりながらも、思っていることを必死で伝えた。
しかし、少年は布団に潜り込んだまま出てこない。しびれを切らした鬼一は、ちっと舌打ちをした。
「おい」
鬼一は布団を勢い良く剥ぎ取った。
「若が、てめぇと話がしてぇって言ってんだ……何とか言えや」
「おい!怖がらせんじゃねぇって言ってんだろ!? 」
布団の上にうずくまっている少年はか細い声で何かを呟く。
「え?今、何て……」と鬼八郎が聞き返すと、ポロポロと涙を流しながら、必死で同じ言葉を繰り返していた。
「ご、めんなさい……ごめん、なさい……っ、叩かないでくださいっ……ごめんなさい……、ごめ、んなさい……っ、お願いだから……叩かないでぇ……」
その痛々しいまでの悲鳴に、鬼八郎はぎゅっと心の中が痛くなった。
鬼八郎はあまり他人の気持ちなど、察するのは苦手な方だが、この子がここに来るまでに受けてきた仕打ちの一端が見えた気がした。
鬼八郎は、うずくまる背中をそっと撫でた。
手を添えた瞬間、叩かれると思ったのか、びくりと体が震えたが、そのまま鬼八郎は話しかけた。
「俺は、絶対、君が嫌だと思うこと、痛いと思うことはしない。約束する。だから、顔をあげてほしい」
鬼八郎はそっと静かに、しかし強く、少年に約束した。
少年は、顔をゆっくり上げ、鬼八郎を見上げた。
「……ほ、本当に…?」
泣き腫らした顔は赤くなっており、呼吸も少し荒く、何とも言えない色気のようなものが漂っていた。
(抱き締めてぇ……)
という気持ちを鬼八郎は必死に押さえ込み、何度も頷いた。
この子を守ってやりたい。
愛してあげたい。
――愛されたい。
そんな沢山の気持ちが鬼八郎の中でせめぎあっては、胸の中で暴れていた。
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