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それは危険な鬼ごっこ
〈カノン目線〉
「ここ、どこだろう……」
僕は無我夢中で走っていたからか、迷ってしまったらしい。
ここはとても広い。
同じような部屋が沢山あって、木で出来てて、少し蒸し暑い。
みしっみしっと音をたてながら、だれかが歩いてくる。
僕は慌てて、すぐ傍にあった小さな部屋に飛び込んだ。
部屋には沢山の服が乱雑に入っていた。
何だか汗くさい……。
「あー今日も蒸し暑いな」
「火山が近ぇからしょうがねぇよな」
どうやら、ここに住んでいる鬼らしい。
その足音は近づいてくる。
僕はドキドキしながら、汗くさい服の中に隠れた。
ギィ……っと扉が開くと、角の生えた怖い顔をした鬼が二人いるのが服の隙間から見えた。
牙が覗いていて、僕は恐ろしくなった。
見つかったら……食べられちゃうのかなぁ……
やだ、怖い……怖いよぉ……
誰か助けて……
鬼はぽいっと着ていた服をそこに入れ、扉を閉めた。
足音は小さくなっていき、鬼はどこかへ行ってしまったらしい。
僕はひとまず安心し、外へ出た。
「おや?人間かな?」
僕はその声にびくりと体が震えた。
声をした方を振り返ったが、姿が見えない。
どこだろう?
「下じゃよ。下」
下を見ると1メートルくらいの小さな鬼が立っていた。
顔は皺々で、皺の間から目が見え隠れしている。
角は二本あるが、鬼八郎 様のような立派な角じゃなくて、片方だけ欠けてしまっている。
今まで大きな鬼ばかり見てきたから、僕は何だかほっとしてしまった。
少し可愛らしい鬼だなとさえ思えた。
「迷ったのかな?」
「はい……歩いてたら、迷ってしまって……」
「出口まで案内しようか?」
可愛い小鬼さんはニコニコと人懐っこい笑顔を見せた。
「いいんですか!?」
「いいよ。迷った人を放っておけないからね」
「ありがとうございます……っ!」
ここから出られたら、戻れる手立てが探せるかもしれない。
真っ暗だった道に一筋の光が見えた気がした。
やっと運が向いてきたのかもしれない。
そんなことを考えていると、小鬼さんは何やらクンクンと僕の体を嗅ぎ始めた。
「おや?何やら臭うね」
「あ、さっき、あそこに隠れてたから……」
さっきまで隠れていた小部屋を指差した。
汗くさい大量の服の所に隠れていたからかもしれない。
すると、小鬼さんは「それは良くない……すこぶる良くない……」と呟き始めた。
「案内する前に、お風呂があるから入っていきなさい」
「お風呂……ですか?」
小鬼さんはこくこくと首を縦に振った。
「入っていった方がいい。じゃないと外に出ても怪しまれるよ?」
そうか、外に出て臭かったら、変な目で見られるかも。
「分かりました」
小鬼さんはふふふと笑いながら、「聞き分けの良い子だね。こっちだよ」と案内してくれた。
階段を降りて、細い廊下を通ると、紺色の垂れ幕のようなものがあって、小鬼さんはそこをぴらりと捲ってくれた。
「ここが風呂だよ」
僕は息を呑んだ。
目の前には黒い年季の入った大きな釜があり、ぐつぐつと湯が沸いている。
人間が入ったら、火傷ではすまないのではないだろうか。
「あ、あの……ここって……本当に、お風呂……?」
「お風呂だよ。食材のね」
小鬼さんはいつの間にか、大きな大きな包丁を手に持っていた。
「さぁ……体を洗わなきゃいけない。野菜でも何でもまずは泥や汚れを落としてからじゃないと、お腹を壊すからね……」
さっきまで人懐っこい顔をしていた小鬼さんの目は恐ろしい鬼の目になっていた。
「早く服を脱ぎな」
包丁を目の前に掲げられ、僕は着ていた粗末な服を脱いだ。
釜の熱気が肌に直接届く。
「ほぉ……白くて柔らかそうな肌だ。やはり、人間は子どもの肉が一番じゃな。ほら、下も脱がんか」
「え……下って……」
白い下着を見た。
恥ずかしくてたまらない。
この小鬼は脱いでも脱がなくても殺すつもりだ。
「さっさと脱げ……」
小鬼は包丁の先を僕の腹に少しだけ当てた。
つーっと血が垂れる。
僕はもう観念して、目をぎゅっと瞑って下着に手をかけた。
「おい……!何やってんだ!!」
鈍い何かを殴る音が聞こえた。
目を開けると、さっきまで僕に迫っていた小鬼が床の上でのびていた。
そして、その隣には赤髪の鬼である鬼八郎様が立っていた。
鬼八郎様は着ていた着物を僕の肩に羽織らせると、ぎゅっと抱き締めた。
「良かった……!間に合った……」
鬼八郎様は僕の耳元で呟いた。
汗をかいて、息があがってある。
走ってきてくれたのだろうか。
僕は奴隷なのに……助けに来てくれたの……?
どうして、鬼八郎様はこんなに優しくしてくれるんだろう……。
僕はあなたが怖くて逃げたのに……。
「カノン……死なないでくれて、良かった……」
僕はその言葉を聞いて、目の前が潤んだ。
誰かに心配されるなんて、いつぶりだろうか。
人間扱いされている。
大事にされている。
そう感じられることが、こんなにも幸せだなんて……。
「鬼八郎、様ぁ……逃げて、ごめんなさい……っ、ごめん……なさい……!」
鬼八郎様の肩で泣いた。
こんなに優しい鬼なのに、僕は怖いと思って逃げてしまった。
許して……。
「良いんだ……俺も悪かったから……怖がらせてばかりで、ごめんな……」
腕の力が少し強くなった。
僕はもう、この方から逃げないと決めた。
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