10 / 49

一緒にいて

厨房係の小鬼に殺されそうになったカノンは、鬼八郎(きはちろう)に抱っこされながら、鬼八郎の部屋へ向かっていた。 ぎゅっとしがみつく小さな体が、鬼八郎はたまらなく愛しい。 余程怖かったのか、カノンは部屋についても、鬼八郎の体にしがみつき、離れなかった。 「カノン、ぼちぼち俺の体、離せるか?」 鬼八郎が優しく聞くと、カノンはふるふると首を横に振った。 それを見ていた鬼一(きいち)は、「奴隷のくせに……」と苦々しく呟く。 「カノンさんは甘えん坊っすね!」 鬼三(きさ)はからからと笑った。 「あ!カノンさんに、お菓子を買ってきたんす!食べてほしいっす!」 そう言って、鬼三は袋の中からどら焼きを一つ取り出し、渡した。 カノンは鬼八郎にしがみついたままだったので、鬼八郎がどら焼きを受け取った。 「カノン、腹減ってるだろ。これ、甘くて美味しいんだぞ」 恐る恐るカノンは顔をあげる。 青と紫の瞳は潤み、泣いていたためか腫れぼったくなっていた。 「ほら」と鬼八郎はカノンの手にどら焼きを持たせた。 初めて見た珍しいお菓子をまじまじと見ていたが、カノンはパクリと一口かじった。 「甘い……」 初めて食べるお菓子が予想よりも甘かったのか、そう驚いた後、カノンはもぐもぐとそれを咀嚼し、飲み込んだ。 一口、また一口と、どんどん食べていき、あっという間にどら焼きを平らげてしまった。 「美味しかったです……ありがとうございます」 カノンは安心したようにニコリと笑った。 鬼三は「あー良かった!走って買いに行った甲斐があったっす!」と安堵していた。 「他に食べたいものあるか?」 「他……スープとかがあれば……」 鬼八郎と鬼三は「すぅーぷ?」と首をかしげた。 聞いたのこともない名前だった。 食べ物の名前なのか、料理の名前なのかも分からなかった。 鬼一は横から「そんなハイカラなもんはねぇよ」と言った。 どうやら鬼一はスープが何か知っているらしいが、そのまま部屋を出ていき、ピシャリと障子を閉めた。 「僕……嫌われてますよね」 カノンは鬼八郎の膝の上で落ち込んでいた。 「あいつはああいう言い方しか出来ない奴なんだ。許してやってくれ。根は良い奴だから」 「そうっす!兄貴は頭も良いし、顔も良いし、頼もしい御方なんす!」 「……出会ったばかりですもんね、これからお話してもらえるように頑張ります」 目尻にはまだ涙の跡が残っていたが、カノンはすっかり笑顔になっていた。 「あ!カノンに見せたいものがあったんだ」 鬼八郎はカノンをひょいと抱き上げ、隣の部屋に移る。 隣の部屋は、他の部屋より少し感じが違う部屋だった。 鬼ヶ城の部屋はどれも最低限のものしか置いてないのだが、この部屋は天蓋(てんがい)付きの布団と鏡台、大きなタンス、そして桃色の花柄があしらわれた着物が衣紋掛(えもんか)けに掛かっている。 「ここをカノンの部屋にするよ」 「ここって……誰かの部屋なんじゃないですか?」 カノンは聞くと、鬼八郎はへへっと少しばつの悪そうな顔で笑う。 「実は、俺の母ちゃんの部屋なんだ」 「お母様?」 「俺が小さい頃に死んじまってから、この部屋は使ってないんだ」 「あ!でも、掃除はちゃんとしてあるから、埃とかカビ臭いとかはないと思うけど」と鬼八郎は慌てて付け足した。 「……大事な部屋、使わせてもらって良いんですか?」 「大丈夫。使ってほしいんだ、カノンに」 天蓋には透けた薄桃色の布が張ってあり、そこを捲り、カノンを布団の上に下ろした。 「今日は疲れたろ?明日、着物とか風呂とか食事とかちゃんと用意するから、今日はもう寝ろよ」 鬼八郎はそう言って、カノンの少し癖のついたふわふわの蜂蜜のような色をした髪を撫でた。 予想以上にふわふわとしていたので、鬼八郎はいつまでも触ってたいなと思ったが、そこはぐっと我慢した。 「じゃあ、おやすみ」と部屋を出ていこうとすると、股引きの裾をつんと引っ張られているような感覚があった。 振り向くとカノンが鬼八郎の股引きを引っ張っていた。 「カノン?」 「……一緒に、いて……ください」 「……え?」 「一人、怖いんです……」 カノンは布団に座りながら、鬼八郎を上目遣いで見つめた。 青と紫の瞳を潤ませながら。 その表情を見た鬼八郎は、思わず「うっ……!」と言葉が詰まる。 (カノンは……俺を誘ってんのか!?……いや、今日は色々あったから、怖いんだ!やましいことをしようとしてる訳じゃないし、もちろん俺だってしようとしてる訳じゃない。しかし何だ、この色気は……!上目遣いで『一緒にいて』なんて、やっぱりカノンは俺を誘って……?いやいや、カノンが怖いと思うことはしないと約束したじゃないか、俺!カノンが直接的な言葉で俺を誘ってる訳じゃない!!他の鬼が来ると怖いから『一緒にいて』と言っているんだ。そうだ、きっとそうだ。落ち着け、俺!ん?……一緒にいるということは、添い寝状態ということ?ってことは、やっぱり、カノンは俺とそういう仲になりたいという) 「鬼八郎様?」 「ふぁいっ!!」 止めどない妄想と思考は、カノンの呼び掛けで強制停止させられ、ついでに変に裏返った返事をしてしまった。 「……やっぱり、一人で寝なきゃダメですよね……」 「一緒に寝るよ!!カノンがちゃんと眠るまで隣にいるよ!!」 鬼八郎はぶんぶんと頭を振って、宣言した。 それを聞いて、カノンは「……嬉しい」と微笑んだ。 その微笑みを見ながら、(やっぱり、カノンは天使だ……)と確信するのだった。

ともだちにシェアしよう!