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苦行の始まり

〈鬼八郎目線〉 「鬼八郎(きはちろう)様、本当にお布団掛けなくていいのですか?」 「だ、大丈夫!俺、ちゃんと布団とか被って寝たことないし」 俺は今、これまで生きてきた中でも最強の苦行を強いられている。 可愛いカノンを横において、寝るという苦行だ。 こんな苦行、俺に乗り越えることができるのか!?できないのか!?やるしかないのか!? 答えは、「やるしかない」である。 何故ならば、カノンの「一緒にいて」という可愛いお願いを無下にできないからだ。 「風邪、引きませんか?」 「大丈夫。俺、風邪とか引いたことないし」 「……鬼八郎様は、お強いんですね」 「羨ましい」とカノンは桃色の唇を緩ませながら微笑んだ。 そんな表情も可愛い。 鬼一(きいち)がいたら、「馬鹿は風邪引かない」って言うな。絶対。 「……僕は、小さい頃から体が弱くて、すぐに風邪を引いてました。そんな時は、お母様が作ってくれたミルクスープを飲むのが大好きでした」 懐かしい記憶にカノンは優しい表情をしている。 きっとカノンにとって、一番幸せな時だったのだろう。 「カノンの母ちゃんは……その……生きてる?」 俺は恐る恐る聞いてみた。 カノンは眉根を寄せて、鼻が赤くなった。 「……生きていると……信じたい……っ」 カノンの二色の瞳から大粒の涙が零れる。 しまった……戦争の時のことを思い出させてしまった……。 「ご、ごめん……カノン、辛いことを思い出させて……」 ぐすぐすと鼻をすするカノンの背中をさする。 「鬼八郎様の手は、優しいですね……」 え、優しい?俺の手が? そんなこと、初めて言われた。 どちらかというと、俺は馬鹿力で、殴ったり、叩いたり……暴力的な手である。 カノンの手みたいに小さくてふわふわな白い手じゃなくて、外に出まくってるから、日焼けして黒いし、ごつごつしてるし。 「よくお兄様も、こうやって僕が泣いていると背中を擦ってくれたんです」 「カノン、兄弟いるのか」 「はい、三つ違いの兄が。お兄様は、優しくて、強くて、気高い。僕の自慢のお兄様なんです」 カノンはキラキラと目を輝かせながら、話していたが、ふっとその輝きが陰った。 「僕とお兄様は、戦争が終わると真っ先に捕らえられて、沢山の人が乗った馬車に乗せられました。そこからは、よく分からないのですが、気づいたら魔界に売られていたのです」 魔界と人間界に交流はないが、たまに悪い魔族が人間を拐って、闇市で売るのだという。 「僕とお兄様は離ればなれにされ、僕は沢山の動物や人間の乗った船に押し込められて、真っ黒な海を渡ってきました。何日もかかったから、具合が悪くなって死んでしまう人もいました……その人が菌をばらまくといけないからって海に……」 カノンの声がだんだん震える。 「僕も、いっそ死んでしまえばよかった……っ」 その言葉を聞いた瞬間、俺はいても立ってもいられず、カノンを抱き締めた。 「……そんなこと、言うなよ。生きてなきゃ、俺はカノンと出会わなかったし、こうやって触れあうこともできなかったんだ」 「鬼八郎様……」 俺は両手でカノンの白くて柔らかい頬を優しく包んだ。 泣いていたからか、少し熱い。 「俺が、ここに来て良かったって思えるように、カノンを守るよ。何があっても、傍にいるから」 「はい……」 カノンは俺の手に自分の手を重ねて頷いた。 あれ? これって、ある意味、告白じゃね? と冷静に判断できるようになったのは、すぅすぅと俺の腕の中で純真無垢な天使が寝てからのことだった。

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