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理性よ、飛んでいかないで

「ヤバい……」 鬼八郎(きはちろう)は固まっていた。 腕の中で眠るカノンはすぴすぴと穏やかな寝息をたてている。 本当は夜のうちにそっと抜け出そうかなと思っていた。 鬼八郎は理性が持たないと思ったからだ。 でも、穏やかに眠るカノンを見ていると何だか自分まで眠たくなって、そのまま寝落ちしてしまったのだ。 近くでまじまじと見てみると、睫毛まで金色で肌も粗一つない白さで、唇もぷっくりしている。うっかりしていると「あれ?俺ってば、お人形さん抱えて寝ちゃってたのかな?」と思ってしまうほどだ。 しかも、カノンは鬼八郎の着物を着たまま、そして鬼八郎は上半身裸のまま、共に横になっていた。 「やっべー……唇に吸い付きてぇ……」 ちょっとだけならいいだろうか……と鬼八郎はゆっくりカノンの唇に近づく。 「んん……」とカノンは小さく声をあげる。 唇が少しだけ、開く。 そして、着物が少しだけはだけて、真っ白な鎖骨が覗いている。 「………っ!!」 (ヤバい……っ!俺の理性が、飛んじゃうっ!!) そんな葛藤をしていると、頭の中で黒い鬼八郎が現れた。仮に黒八(くろはち)と呼ぼう。 『カノンって、お前が一億出して買ったんだろ?じゃあ、何しようがお前の勝手じゃん?』 (まぁ……確かに……一億というでっかい買い物だった……。ちょっとくらいいいかな……?) 『ちょっと待て!!』 すると頭の中で白い鬼八郎が現れた。仮に白八(しろはち)と呼ぼう。 『お前、カノンと約束したじゃん!カノンの嫌なことや痛いことはしないって!約束破ったら、今までの信用0になるぞ!!』 (う……確かに、約束した。祖国から拐われて、大好きな家族とも離ればなれになって、加えて俺の慰みものになんかなったら、カノンは俺のこと、絶対嫌いになる……) カノンは腕の中でもぞもぞと動く。 「お兄様……行かな、ぃで……」 ポロリと涙が頬を伝っている。 現実だけではなく、夢でも家族を奪われているのだ。 そんなカノンを傷つけられない。 鬼八郎はそっと、カノンから離れる。 そして…… 「俺は、カノンを傷つけない……」 そう強く自分に言い聞かせる。 しかし、性欲というものはなかなか押さえきれぬもので、鬼八郎は床に這いつくばって、 「あーーーーっ!口づけだけでもしてみたいーーーーー!!!」 とあくまで小さな声で暴れまわった。 床の上で暴れまくっていると、障子が開いているのに気がついた。 そこには絶対零度の眼差しを鬼八郎に向けた鬼一(きいち)が立っていた。 「若、朝飯です」 今だかつてこんなに冷たい声を聞いたことがあるだろうか。いや、ない。 「……………どっから見てた?」 「『やっべー……唇に吸い付きてぇ……』くらいから」 「初めの方じゃねぇか!!」 「あ、近寄らないでください。変態が移るんで」 「誰が変態だー!!!」 鬼八郎が大声で叫んでいると、カノンが目を擦りながら、起き上がった。 「んぅ……鬼八郎、さま……おはよ、ございます……」 まだ少し微睡んでいるような、とろんとした顔に甘ったるい声。 鬼八郎は振り返って、「おはよう、カノン」と言おうとしたが、実際には「おは……」までしか出なかった。 何故なら、カノンに着せた着物は肩から落ちてしまっており、華奢な体が完全に見えてしまっている。加えて、下着も見えているし、白いすべすべしてそうな太ももも露になっており、上半身についた淡い色をした突起も見えてしまっている。 鬼八郎はカノンの所に飛んで行き、着物の前を大慌てで合わせた。 「カカカ、カノン…!!人前でそんな無防備なことしちゃいけませんっっっ!!!」 鬼八郎は顔を真っ赤にしながら、注意するも、カノンは未だにぼけーっとしている。 「鬼八郎さま……顔が赤いみたい。やっぱり風邪を引かれたのですか……?」 そう言って、カノンはぴとりと自分の額と鬼八郎の額を合わせた。 「少し……熱いような、感じですね」 「………………っ!!……カ、カノン……っ!!」 あと少し顔を動かせば、唇が合わさるくらいの距離だ。 「…………っあーーーーーーーーーーー!!!!」 鬼八郎は生殺し状態の極限まで行き着くも、「カノンを傷つけてはいけない」という戒めで自分を縛り付けているため、手を出すことも叶わず、ただただ叫ぶしかなかった。

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