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どうして、そんなに優しいの?

「んぅ……」 カノンはゆっくりと目を開いた。 桃色の薄く透ける布越しに、鬼三(きさ)が心配そうにカノンを見ている。 「あ!カノンさん、目ぇ覚めたっすか?」 「鬼三くん……?あれ、僕、お風呂に入ってて……」 体を見ると、白い寝間着を着ている。 鬼八郎の着物とは違い、カノンの体に合っている。 「カノンさんは、お風呂でのぼせたんすよ?覚えてないんすか?」 鬼三は首をかしげながら聞くが、カノンには全く記憶がなかった。 「覚えてない……鬼八郎様は?」 「若はカノンさんをここに寝かせた後、着物を替えに行ったっす!」 「お着替え……」 (僕……のぼせて、倒れるなんて……また鬼八郎様に迷惑掛けちゃった……) カノンは申し訳なさで胸がいっぱいになる。 ここに来てから、鬼八郎には迷惑ばかり掛けていると思っているからだ。 「鬼三くんは、何してるの?」 「若から、『カノンの目が覚めるまで、他の鬼が来ないように見張ってろ!』って言われたんで、見張ってたっす!」 元気よく、鬼三は答えた。 「ずっと?」 「はいっす!それから、『カノンには触るなよ!』とも言われたんで、ちゃんと触らないように幕で仕切らせてもらったっす!」 人懐っこい笑顔で答える鬼三の従順さは、失礼だとカノンは思いながらも犬のようだなと思った。 「……鬼三くん、僕、どれくらい寝てたの?」 「んー三時間くらいっすかね」 「そんなに待ってたの……辛くなかった?」 「辛いなんて、そんなこと思ってないっす !俺は若や兄貴の役に立つことができて、嬉しくて仕方がないっす!!」 にこにこと笑う鬼三の言葉に、カノンは思わず笑みがこぼれた。 鬼三は、すごく正直な鬼だ。 人間でも裏表があるのに、鬼三は正直で素直。 ここに来てから、カノンの中で鬼というイメージがだんだん変わっていくのを感じた。 「今、何時くらいなの?」 「お昼前っす!……あっ!カノンさんが起きたら、昼飯持ってけって言われてたの忘れてた!!!」 鬼三は勢いよく立ち上がるが、ずっと正座をして待っていたからか、痺れて足が動かなくなっていた。 「あ、足が……痺れたっす……痛てて……」 「だ、大丈夫!?」 カノンは布団から出て、鬼三の足をさすった。 障子がすっと開く。 「何やってんだ?鬼三」 鬼一(きいち)が呆れながら見下ろす。 その手には昼食が載ったお膳を持っていた。 「あ、兄貴~~」 「情けない声出すな。どうせ、若の言うこと聞きすぎて、ずっと正座して待ってたんだろ」 「な、何で分かったんすか!?兄貴は超能力者っすか!?」 「馬鹿」と鬼一は鬼三を軽く足蹴りし、カノンの前にお膳を置いた。 「昼飯だ」 「あ、ありがとうございます!」 お膳には箸と匙が置かれていた。 鬼一のことは何を考えているのか分からないし、厳しいし少し怖いけど、それでもこういう優しさにカノンは心が暖かくなった。 「昼飯食べたら、呉服屋が来るから」 「ごふくや……?」 カノンには聞きなれない言葉だった。 (ごふくやって何だろう?) 「着物の生地や、着物や帯を売ってる店のことだ。お前、ろくな服を着てなかっただろ。若が服を買ってくれるそうだ。ありがたく思えよ」 着物。 (そっか……服屋さんのことか)と、カノンは納得した。 服を仕立ててくれるなんて、カノンは思わなかった。 だって、自分は奴隷なのだ。 どうして、鬼八郎はそこまで自分に優しいのか分からなかった。 「あ、あの!鬼一様!!」 カノンは勇気をもって、鬼一に声を掛けた。 「何だ」 「あの……鬼八郎様は、どうして僕にそんなに優しくしてくださるのですか……?」 今までずっと気になっていたことだ。 カノンはここで、奴隷として働かなければいけないとばかり思っていた。 しかし、実際はこんなふかふかの布団で休めて、三食ご飯が出て、お風呂にも入れて、服まで与えてくれる。 「知るか。自分で聞け」 鬼一はイライラしたように、言葉を吐き捨て、障子をスパンと強めに閉めて帰ってしまった。 (お、怒らせてしまったかな……) カノンは内心そう思ったが、お膳の上の箸と匙を見つめ、箸を手に取り、教えてもらった持ち方で、皿に盛られた煮物を少しずつ食べた。 ……その隣で鬼三はまだ足のしびれと戦っていた。

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