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鬼若様の仕事
カノンの部屋にお膳が二つ置かれた。
そして、鬼一 も下座で食べる。
鬼八郎 は、カノンのはだけた浴衣をささっと直し、お膳を近づけた。
「いただきます!」
「いただきます」と鬼八郎に続いて、カノンも食べ始める。
カノンは箸を使って、ご飯を食べた。
まだ危なっかしいところがあるが、初めて箸を使った時よりも上達している。
「カノン、箸の使い方上手になったな」
「少し、コツが掴めてきました」
「ちゃんと練習して、えらいな」
鬼八郎はカノンの頭を撫でた。
カノンは嬉しそうに微笑む。
「あ!鬼八郎様、口元にご飯が……」
「え?どこ?」
「ここです」とカノンがご飯粒を指で取った。
「あ、ありがとう……カノン」
鬼八郎は照れながら、礼を言った。
この甘々な雰囲気に、鬼一は胸焼けを起こしそうになった。
この見せつけられている感じが居心地が悪い。
「……若、今日は仕事があるから、早く準備しろよ」
この雰囲気に耐えられなくなった鬼一は、鬼八郎に話しかけた。
「え?仕事?」
「今日は町の見回りの日だ。もうすぐ、祭りもあるから、その準備もだ」
「あ、そうだった……」
鬼八郎は、すっかり忘れていた。
鬼八郎の父親である鬼三衛門 は島の内外の視察やら島の政 をしているが、その息子である鬼八郎は不定期ではあるが城下町の見回りなどを主に行っている。
「鬼八郎様……お仕事があるんですか……?」
カノンが、不安そうな顔で見上げている。
一人になるのが怖いのだろう。
「カノン。すぐ戻ってくるから……鬼三 も置いてくし……待っててくれるか?」
鬼八郎はポンポンと頭を撫でた。
「はい……お待ちしています」
(あぁ……やっぱり可愛い)
鬼八郎はしみじみと思うのだった。
鬼三にカノンの相手をするように言いつけて、鬼八郎は鬼一とともに町へと出た。
町は活気に溢れ、野菜や魚、日用品などを売る店がところ狭しとある。
「若っ!久しぶりだねぇ!いい魚があるんだ、寄ってかねぇか!?」
「お、活きがいいな!今は、仕事中だから、また寄らせてもらうよ」
「あら~!若様!今日は仕事~?また、うちにも寄っていってねぇ」
「仕事じゃなかったら、お茶してくんだけど……、ごめんな!」
「鬼八郎ちゃん、元気そうだねぇ!新しいお菓子が入ったから、また食べにおいで!」
「ありがとう、ばぁちゃん!売り切れる前に食べに行くよ!」
鬼八郎が町に出ると、お店のおじさんやおばさんたちが、こぞって店先から声をかける。
愛想よく、鬼八郎は返事をしていく。
鬼八郎は昔からこの町に住んでいるため、誰もが鬼八郎のことを知っていた。
鬼八郎は、町の人気者なのだ。
「お!」と鬼八郎は一軒の店を見つけた。
瓦屋根の二階建ての店で、ガラス張りの引戸で、そのガラスも様々な色の色ガラスが嵌められている。
少し、西洋の様式が入っているようだ。
店の名前は『紫宝堂 』と書かれている。
「新しくできた店みたいだな」
鬼一は城下町の店の一覧を見ながら、鬼八郎に教えた。
店頭には、様々な形の石があり、指輪や首飾りなどに加工されている。
「いらっしゃいませ」
店の奥から、紺色の着物を着た若い男性が現れた。
明るい茶色の髪に、青い瞳、頭には一本の角が出ていた。
穏やかそうな好青年で、笑顔も爽やかだ。
「あんたが、ここの店員?」
鬼八郎が聞くと、青年は「はい。店員兼店長です」と答えた。
「へー!若いのに店長とか、すげぇな!」
「いえいえ……まだまだ勉強不足で……」
青年は謙遜しながら、首を振った。
「すごいキラキラした石だな。これ、加工してあるの?」
「ええ。西洋では指輪も首飾りも女性に人気なんです。鬼ヶ島も最近、西洋のものを輸入してますよね?僕もそれにあやかって、商売してるんです」
「へぇー」と鬼八郎は指輪を1つ手にとって見つめる。
「壊すなよ」と鬼一に注意される。
「そんな馬鹿力じゃねーよ!」
鬼八郎は失礼なやつだと怒った。
そのやり取りにふふっと青年が笑うと、「良かったら、お1つ何か差し上げます」と言った。
「え!?こういうの、お高いんじゃないのか?」
「宝石類とは違って、天然石を加工したものですので、手が出しやすいお値段なんですよ」
「そこがウチの売りなんです」と青年は笑った。
「若様は色男だから、いい人に渡せば喜ばれるのでは?」
「いい人……」
鬼八郎はカノンを思い返した。
指輪や首飾りなんか、喜んでくれるだろうか。
鬼八郎は今まで洒落た贈り物をあげたことがなかったため、戸惑った。
視線をさ迷わせると、紫色の石が入った指輪が目に入る。
「これ……」
「あぁ、アメジストですね」
「あめ……?」
聞きなれない言葉に鬼八郎は首をかしげた。
「アメジストというのは、西洋の言葉で、こちらの言葉でいうと『紫水晶 』と言います」
「紫水晶……」
鬼八郎はカノンの目の色に似ていたから、つい目についてしまった。
青年はガラスのケースから、アメジストの指輪を取り出し、指輪専用の木の箱に入れた。
「どうぞ。出合いの印に」
青年はにこりと笑って、鬼八郎に差し出した。
鬼八郎はそれを受け取った。
「ありがとう。えっと……」
「類 と申します」
「類か……ありがとう!類!」
「いえ、これからよろしくお願いします」
類はペコリと頭を下げた。
その様子を、鬼一は静かに見つめていた。
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