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歩く広告塔
〈鬼八郎 目線〉
「でーきたっ!」
夏鬼 は満面の笑みで、カノンの化粧を終えた。
店の奥の座敷で、カノンは着替えをしていた。
薄い緑色の着物には白い菊の花が描かれている。
そして、例のごとく、薄く化粧をしてもらったカノンはどこからどう見ても立派な美少女だった。
「ど、どうでしょうか……?」
カノンは恥ずかしそうに俺を見上げる。
そんなの……
「可愛いに決まってるだろ!?」
思わず大声を出してしまったので、カノンはびくりとなったが、俺が喜んでいると知って、にこりと可愛い笑顔を見せてくれた。
俺らがそんな風に笑っていると、「ほら、あんたも!」と俺も引っ張られる。
俺は黒い着物で、足元の方に白い菊の花が描かれ、背中には金雲の隙間から龍がとぐろを巻いて飛翔している絵が描かれている。
「あんたも顔はなかなかの伊達男だから、そういうの似合うわね!」
夏鬼に着付けてもらうと、カノンは「ふぁぁ……」と頬を桃色に染めて、俺を眺めていた。
「鬼八郎様……かっこいいです……」
「え?そう?」と俺も照れる。
カノンのキラキラした瞳が、可愛いんだけど、なんだか恥ずかしい。
「二人並ぶと美男美女ね!」
夏鬼はうんうんと頷く。
店の奥から、傘を取り出してくる。
「これね、日傘なの。これをさして、ぐるーっと町を一周してきてね!」
「そんだけでいいのか?」
「それだけで、いいわ」
やけに「それだけ」を強調してたのが気になるけど、まぁいっか!
「素敵な着物、ありがとうございます!」
カノンはペコリと頭を下げた。
「じゃあ、行ってくるわ」
「はーい。よろしくねぇー」
夏鬼はひらひらと手を振って、見送ってくれた。
何が「よろしく」なのか分からなかったが、その意味は後で分かった。
二丁目は若者向きの呉服屋などの服飾系店が多い。
日傘をカノンに差しながら歩いていると若い女やおしゃれに敏感そうな男たちがひそひそと話している。
……何だ?
「なんか……いろんな人に見られてて、恥ずかしいですね……」
カノンも視線を感じているらしく、少し俯く。
恥ずかしがってるカノンもかわいいっ。
しばらく歩いていると、「あのぅ……」と二人の女の子が話しかけてきた。
「その着物って……夏鬼 さんの店の着物ですか?」
「そうだけど」
俺が返事をすると、「やっぱりー!」と女の子達は顔を見合わせて笑った。
「じゃあ、新作の着物なんですねっ!かわいい!」
「しかも、お揃いの模様で恋人同士で町を歩くって、めっちゃ羨ましいっ」
女の子は口々に何か言っている。
「何で、夏鬼の店の服だと分かったんだ?」
俺が疑問に思って聞くと、一人の女の子が、日傘を指差した。
「だって、日傘に『呉服屋なつき』って書いてあるんだもん!」
何!?と思って、日傘を見ると、『呉服屋なつき』と書かれている。
あいつ……俺らを広告として使いやがったな!
「夏鬼さんの着物を着ると、恋が叶うとか、同じ模様の着物を恋人同士で着ると、末永く幸せになれるとか!」
「色んなおまじないあるよね。あと、毎週水曜日は『乙女の日』って言って、お店の日傘か手ぬぐいをもって二丁目のお店に行くと、安く買い物できるんだよね」
「あと、毎週火曜日は『兜の日』って言って、男の子が夏鬼さんの店の手ぬぐいみせると、他のお店で割引してくれたりねー」
女の子が口々に話している。
俺は驚いた。夏鬼がそこまで、二丁目の商店街を盛り上げていることに。
あいつ、頑張ってんだな。
「あの、お二人って恋人同士なんですか?」
女の子たちは興味津々で聞いてくる。
「いや、俺たちは……」
そんな仲じゃないし、そうなれたらいいなと思うくらい、カノンのこと好きだけど……でも、それはできなくて……。
俺は、カノンの方をちらりと見る。
こちらを見るカノンの二色の瞳はきれいで、吸い込まれそうだ。
やっぱり、好きだな。
そう思っていると、急にカノンは俺の手をぎゅっと握った。
「そう見えたら、嬉しいです」
カノンはにこりと笑って返した。
女の子たちは「きゃー!羨ましい~」と騒いでいる。
『そう見えたら、嬉しいです』
その言葉を繰り返し、俺の中で咀嚼してみる。
それって……
どういう意味だ?
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