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ここは地獄の四丁目 二

鬼八郎(きはちろう)目線〉 ジュースを買いに行くと、結構混んでいた。 気軽に立ち寄れる店だから、いつも繁盛してる。 ただ絞りたてを提供しているだけあって、ジュースを渡されるのが、ちょっと遅い。 それで混むのだ。 店員もそこそこいるんだけどなぁ。 何分か待つと、自分の順番が回ってきた。 「いらっしゃいませ!」 「えーと……」 色んな果物があったり、ミックスされたものとかもあって、種類が豊富だ。 カノン、何が好きかな。 特に好き嫌いはなかったはずだ。 ご飯も美味しいって食べてくれるし。 ……迷う。 「おすすめってあるか?」 「ももとイチゴが人気ですよ。あと、ミックスジュースもおすすめです」 桃とイチゴか……。 どっちも美味しそうだし、どっちもカノンの可愛い雰囲気にぴったりだ。 カノンを思い返してみる。 今日の着物も可愛かったな。 それに、あの桃色の薄絹。 カノンの儚い印象に合ってて、何というか、ドキドキする。……ドキドキするのは、いつものことだけど。 桃色……。 「桃とミックスジュースで!」 俺って、本当に単純。 少し、時間がかかってしまった。 カノン待ちくたびれてないかな。 カノンが待っているところに行くと、何やら男が三人、カノンを囲んでいる。 明らかに、ナンパだ。 そりゃ、そうだ。あんな可愛い子を放っておく奴がどこにいる。 どこにもおらん!! カノンは明らかに怖がっている。 ふるふると震えて、小さくなっている。 その姿に俺は頭に血が昇りそうになる。 怖がらせてんじゃねぇよ 俺のカノンに触ってんじゃねぇ いつもだったら、すぐに駆けつけて、殴ってる。 でも、俺はそれでよく面倒事に巻き込まれてるし、何よりカノンを怖がらせたくない。 俺は三人に近寄り、壁を思いっきり蹴った。 「お前ら、俺のツレに何してんのぉ?」 なるべく優しく言ったつもり。 穏便に事を納めよう。 運が良かったな、ナンパ野郎共。今日の俺は格別優しいぞ。 いつもの調子で殴ったりしたら、カノンが怖がる。 だから、顔もなるべく笑顔を作っている。 本当は殴りたいくらい、腹が立っているけど、我慢だ。 三人組はごちゃごちゃなんか言ってたけど、腹が立ちすぎて聞こえない。 さっさと散れよ。 「カノンは俺を待ってただけだからさぁ……さっさと向こう行けや……」 すごく優しく忠告してやった。 よく我慢した、俺! よく頑張った、俺! 三人組はどこかに逃げていき、カノンを見ると、ほっとした笑顔を見せてくれた。 うん、可愛さ異常なし。 ジュースを渡すと、「美味しい」と飲んでくれた。 しばらくして、カノンがじーっとこちらを見ている。 「どうした?カノン」 「あの……ミックスジュースってどんな味ですか?」 「……飲む?」 「はいっ!」 俺は自分の持っていたジュースを手渡し、カノンはそれを一口飲んだ。 ん? 待てよ、これって…… 間接的に口づけしてませんか? その衝撃的な事実に気がつくと、即座にカノンがちゃんと、俺の口がついたところから飲んでいるか確認した。 ……結果はよく分からなかった。 何気なく渡したから、全く意識せずに渡してしまったからだ。 「美味しかったです」 カノンはそう言って、俺にジュースを返す。 は!そうだ!!俺もカノンからもらったら良いんじゃん!! 俺は意を決して、カノンに話しかけた。 「カカ、カノン!」 見事にどもった。 「はい?」 「お、俺も……それ、欲しいなぁ……なんて……」 完全にやましい気持ちから出ている言葉なので、どもるし語尾も小さくなってしまった。 そんな挙動不審な俺にも、にこりと笑って、桃のジュースを差し出してくれた。 「甘くておいしいですよ」 俺は震える手でそれを受けとる。 桃の甘い香りが漂ってくる。 カノンが飲んでいたところは、ここだ。 『絞りたて生ジュース』と印字されていたところで、ちょうど『ジュ』のところだ。 俺はそこを狙って、口をつけようと顔を近づけた。 「鬼八郎様ぁ~!」 甘ったるい声とともに、背中に強い衝撃が加わる。 バシャッ! 中身の8割がこぼれ、俺もジュースまみれになった。 「鬼八郎様!?大丈夫ですか?」 カノンが焦って、手拭きで拭いてくれている。 カノンにはかかっていないようだ。 良かった。 ふと腰を見ると、誰かの腕が巻き付いている。 後ろを見ると、見知った顔がそこにあった。 「お、お花?」 「鬼八郎様とこんなところで出会うなんて、運命的~!やっぱり、わっちと鬼八郎様は運命の赤い糸で結ばれているのですねっ!」 白粉の塗られた顔は満面の笑みだ。 どこからどう見ても美少女に見える。 だが、男だ。 お花は、四丁目で賭場をしており、金貸しもしている。 ……ちゃんと、正規の手続きをした金貸しだ。 カノンを買うときに金に困った俺を助けてくれたのもお花だった。 「ちょ、お花、離せって!」 なんとかお花を引き剥がす。 「その子は……?」 お花はカノンに気づいたらしく、かなりジロジロと見ている。 「カノンって言って、訳あって俺の家に住んでるんだ」 「え!?鬼八郎様の家に!?どういうことなんですかっ!」 お花は俺の胸ぐらを掴みながら迫ってくる。 ちょ、お前男なんだから、加減して……く、苦しいっ! お花は「ひとつ屋根の下で暮らしてるなんて……」とぶつぶつ何か呟いている。 「鬼八郎様!カノンさんとはどういうご関係なんですか?!」 「え、どういうって……」 俺は答えに困ってしまった。 カノンは、ぎゅっと俺の腕にしがみつくと、お花を睨んで、震える声で言った。 「僕は、鬼八郎様に買って頂きました……!」 「カノン……」 お花は俺の胸ぐらを離すと、「ふぅん……?」とお花はカノンをじろりと睨んだ。 「じゃあ、鬼八郎様の恋人とかじゃないんだ……?」 お花のにやりとした顔を見た途端、背筋がぞくりと何かが走った。 ここ、四丁目は賭場のお花が仕切っているようなものだ。 鬼は言う、金と欲望渦巻くここは『地獄の四丁目』だと。

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