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〈7〉ござる口調の始まり
母親は昔の少女漫画風の白目になり青ざめた顔で、不自然によろめいた。
「や、八代君……その質問は、わたしたち親でさえ疑問に思っていてもずっとスルーし続けていた禁忌の質問よ……!」
「えっそうなんですか? そんな永田家の重大な秘密を俺は軽率に……すみません!」
「いや、大袈裟すぎるだろ」
禁忌の質問ってなんだ。
永田家の重大な秘密どうでもよさすぎるな。
「だって中学までは可愛らしく『おかあさん』とか『ぼく』って話していた隆星ちゃんが、高校にあがっていきなり『母上』とか『拙者』とか『ござる』って言い始めたのよ! どんな心境の変化があったのか、親なのに怖くて確認できなかったの! 思春期のガラスのハートを傷付けたらいけないと思って……」
「ええ!? 永田君、中三まで自分のこと『ぼく』って言ってたの!? なにそれかわいすぎるんだけど!! 雨宮君風に言うと萌え死ぬってやつだね!?」
「う、うるさいっ! 母上、人の黒歴史をあまり掘り起こすな!!」
「今の口調の方がママは黒歴史になると思うわよ」
「今度は冷静に突っ込むな! 別にこの口調になったのもそんなたいそーな理由はないでござるよ。 ある日突然『ぼく』って言うのが恥ずかしくなって、でもいきなり『俺』に言いかえるのも恥ずかしくて、そんな折にアキバでオタクな人達が『拙者』とか『ござる』を使ってたのが使いやすそうでいいなって思って、真似し始めただけでござる」
もし誰かに『その口調変だからやめろ』って言われたらすぐにやめるつもりだったが――そのときに一人称も『俺』にシフトチェンジしようと思っていた――高校に入ったらオタクな友達ばかりできたし、まわりも似たような話し方で、両親もツッコんだりしてこなかったから現在までこの口調でいるだけだ。
すっかりクセになっているのは否めないが。
「なあ~んだ、そうだったの! じゃあ大学生になったらござる口調は止めた方がいいわ。企業面接の時についつい出ちゃったら恥ずかしいもの」
「はあ、じゃあそーするでござる」
そんな大事な面接のときにヘマをするとも思えないが――むしろウケが良さそうな気さえする――一理あるのでそのとおりにしておこう。
しかし、禁忌の質問だなんだと騒いでいたわりには軽いでござるな、反応が。
「俺はござる口調の永田君も個性的で好きだけどなぁ~」
「貴様に好かれたところで嬉しくともなんともないでござる」
「でも高校生の間だけってことだよね。なら今の内にござる口調の永田君を堪能しておかなきゃね……!」
「変態くさい言い方をするな!!」
なんなんだ、堪能って!!
んなこと言うなら今すぐござる口調やめてやろうか!!
別にキャラ作りとかそこまでこだわりねえええし!!(作者殺し)
「……ねえ、あなたたちってもしかして付き合ってるの?」
一瞬、時間が止まったような気がした。
今の会話で何故母がそんな発想に至ったのかは謎だが(いや、どう考えても八代の言葉すべてが原因だが)全力で否定しなければ……!!
「はあ? 何を言ってるでござるか母上! そんなわけないでござろう!!」
「だってなんだかカップルの会話みたいだったから……違うの?」
「あたりまえだ!」
どこがカップルの会話でござるか!!
百歩譲って八代が拙者に惚れているのは分かるとしても、拙者からはそんな空気出してないでござるぞ!!
「別に隠さなくてもいいのよ隆星ちゃん、こんなカッコイイ彼氏がいるなんて凄いじゃないの、むしろ自慢すべきことだわ!」
「だから付き合ってねーから」
「あのーお母さん、たしかに俺はそういう意味で永田君のことが好きですけど、付き合ってはいません。ちなみに……偏見とかないんですか?」
そうだそうだ! 息子にホモ疑惑が掛かっているというのに、相手がカッコイイという理由だけで素直に受け入れる母親がどこの世界にいるっ!!
あ、親がBLマンガ家の雨宮家は例外としてだな。
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