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第18話 前向きに考えてみた結果

 たくさん経験しろ、かぁ……。  俺は勉強机に突っ伏して、父の言葉を思い出してみた。父が編集者という立場からのアドバイスをくれたのは分かっている。  父親の立場から息子の色恋沙汰……しかも相手が男の!高校教師!……なのを本気で応援するわけないもんな。それでも相当理解はあると思うけど。  いやっ、別に俺、南條先生に恋してるわけじゃないけどさ!! 「……原稿、描こっかな」  俺は原稿用紙を取り出して漫画の下描きを始めた。姉さん達と一緒に出す夏コミ用の新刊だ。葉月姉さんは完全デジタルだけど、俺はアナログで描いている。まずはアナログを極めてからデジタルを覚えろとか面倒くさいことを母と姉から言われたので。  ペン入れまで終わったら、仕上げはりっちゃん達に手伝ってもらえる。中間テストまでには終わらせておかなければ。  今回の新刊の攻め、ミナミはいわずもがな南條先生がモデル。受けのショウは可愛い可愛い吉村くん(本名は吉村彰吾)がモデルだ。  そうだ、前向きに考えよう。  南條先生に好かれてる俺は、真近でリアルな攻めの行動やらなんやらを観察することができる立場じゃないか!俺は受けってわけじゃないけど、まぁ受けになったつもりで接してたら、もっと受け視点が面白く描けるようになるかもしれない。  俺の受けの性格ってワンパターンで面白くないって毎回姉さんたちにダメ出しされるからなぁ。そういう性癖なんだから仕方ないだろ。  自分を参考にするわけじゃないけど、リアルでやってみるのもいいかなって……利用される南條先生には悪いけど。  ああでも、絶対ハマらないようにしなきゃ。俺の立場はあくまで傍観者、腐男子、同人作家。自分の恋愛なんてどーだっていいのだ! 「よし、描くぞーっ」  俺は気合いを入れて、シャーペンを握った。 *  ――と、気合いを入れたのはいいものの。 「な……なんで……?」  い、一ページも描けない、だと……!?え!?嘘だろ!?俺の妄想力ついに枯渇しちゃったの!?描きたいネタはあったし、一応ラストまで考えてたはずなのに!!  でも、なんか途中でこの話つまらないなって思って……頭の中でアレコレとストーリーを変えていたらどんどん収集つかなくなって、そしたら全く描けなくなるなんて! 「こ、こんなことって……」  今まで一度もなかったのに!!  俺は長姉・葉月姉さんに助けを求めることにした。皐月姉さんは小説書きだし、きさ姉はレイヤーだからこういう時のアドバイスはいつも葉月姉さんに求めるのだ。  お母さんはプロだからなんとなく高難度なアドバイスをされそうで聞けないし、お父さんに相談するのはちょっと恥ずかしいし……(今更何が恥ずかしいんだって話だけど)  俺は葉月姉さんの部屋のドアをノックして、返事がある前に開けた。皐月姉さんだったら返事をする前にドアを開けたらブッ飛ばされるけど、(皐月姉さんの部屋に行くことなどないが)俺と一番年が離れている葉月姉さんは俺に甘いから怒らないのだ。 「あら?どうしたのうっちゃん」  葉月姉さんも丁度夏コミの原稿を描いていたみたいだ。俺の顔を見てニッコリと笑ってくれた。一番優しいけど、一番何を考えてるのか分からないのも葉月姉さんなんだよなぁ……。 「葉月姉さん……なんかどちゃクソ萌える同人誌か漫画を俺に見せて」 「は?」 「俺の妄想力、枯渇しちゃったかもしんないんだよぉ……」  夏コミ原稿落とすのだけはやだぁぁぁぁ!!葉月姉さんはともかく、皐月姉にはぶっ飛ばされる!! * 「……要するにスランプなのね」 「これが噂に聞くスランプ!?なんかプロっぽい響き!」 「プロでもアマでもスランプはあるわよー」 「葉月姉さんもスランプになったこととかあるの!?」 俺の質問に葉月姉さんは『ウーン……』と少し考えた後、ニコッと笑って流した。無いのか、さすが俺の姉!! 「じゃあうっちゃん、ノンフィクションでも描いたらどうかしら?」 「へっ?」 「南條先生とうっちゃんのことを脚色して描いたらどうかってこと」 「お、俺と先生のことって……」 化学準備室に呼び出されて告白されて抱きしめられてキスされてチンコをいじられたことなどをか!? 「いやっ、それは流石に……!」 描きながら思い出して鼻血出す自信があるぞ!!ていうかその前に、俺が受けなんて絶対萌えないし!! 「ネタが枯渇してスランプになったのならもう自分の経験に頼るしかないらしいわよ(適当)」 「ええええ……」 これ以上のアドバイスは無いようだったので、俺はお礼を言って葉月姉さんの部屋を後にした。 自分の経験に頼るしかない、か……。姉さんの思う壷のようで少し悔しいけど、ちょうど南條先生をモデルとして観察しまくろうって決めたばっかりだし、ノンフィクションを描いてみようかなぁ。 ――でも。 「俺が主人公の受け設定なんて、やっぱり萌えないよなぁ……」 ひとつため息をついて、俺はまた振り出しに戻るのだった。

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