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第28話 振り返ってみました

 結局その後は俺の話というより、きさ姉の彼氏の話――半分以上ノロケという地獄のような話――を聞くはめになり、シスコンの俺は見たことのないきさ姉の彼氏に多いに嫉妬した。今度会わせてやるって言われたけど、正直全然会いたくないですごめんなさい。  家に帰ってすぐ、皐月姉さんと母にごめんなさいと謝った。皐月姉さんは、「自分も少し大人げなかった」と蹴ったことを謝ってくれて、母は「卯月から怒鳴られるのは新鮮だから、またいつでも怒鳴って!」と笑顔で言ってのけた。母はいつだって最強です。ちなみに葉月姉さんは夜勤だから、今夜はいない。  遅くに帰ってきた父は、母から今日の話を聞いて、ついに俺が不良になったのかと激しく動揺していた。  「なってないから」と苦笑して答えると、心底安堵したようにぎゅーっと抱きしめてきた。「卯月にお父さんと洗濯物別にしてとか言われたら泣く!」とか言って。父は絶対、俺のことを娘だと勘違いしてると思う。(分かってたけど)  寝る寸前、ベッドの中からりっちゃんに一通のLINEを送った。『今日はイライラしてて八つ当たりしてごめんね』、と。  すぐに既読はついたけど返事は来なかった。りっちゃんは優しいから、何か最善の言葉を選ぶために考えこんでいるんだろうな、と思った。俺に怒ってて無視してるとか、そんなことは絶対に考えられないから。  甘えている自覚はあるけれど、末っ子長男として家族にも甘やかされて育てられたせいか、その気質が抜けることはないし今更治そうとも思わないのだった。  でも、南條先生と吉村くんのことについては、もやもやしたままだ……。  大体、なんでこんなことになったんだっけ。頭の中で整理してみることにした。  俺はただ、純粋に憧れていただけだ。南條先生は二次元を越えたカッコよさを持つ、まさに俺の理想の攻め様。授業中に見つめているだけで幸せだった。もっといえば、先生と吉村くんを絡めて妄想してるだけで幸せだった。  けど、あの日いきなり呼び出されて……。  南條先生は、俺のことを可愛い、好きだと言った。そして、俺も先生のことが好きだから、自分たちは両想いなのだと言った。  けどその言葉に、俺は戸惑った。南條先生のことは憧れているだけで、そういう目で見たことがなかったからだ。  でもりっちゃん達は、俺は南條先生のことが好きだと言う。姉さん達も、俺の言動は先生を好きとしか思えないという。  意識してないのは、俺だけ……?  でもそんなバカなことってある?自分のことなのに、自分だけが分かってないなんて。それとも俺は、無意識に周りに誤解されるほどの南條先生好きオーラでも出しているんだろうか。  南條先生に抱きしめられるとドキドキする。キスされると死にそうになる。イカされたときは実際に俺は死んだ。いや、かろうじて生きてるけど死に体だ。  でもそれは、俺が南條先生を好きだからではない。南條先生がイケメンだからだ。イケメンにこれらのことを強引にされて、ドキドキしない人間がこの世に存在するのか!?いや、存在するわけがない!!  (……はず)  そんな俺は、化学準備室の常連になりかけていた。勿論これも俺の意志じゃない。  そして昨日の昼休み、化学準備室に吉村くんがやってきた。目的は、当然南條先生に会いにだろう。勉強を教えて欲しいとか言ってたけど、それなら俺をあんなふうに睨む理由は無い。あの人当たりのいい吉村くんが睨むなんて、俺は相当なことをやらかしたんだろう。  そう、たとえば。  平凡顔(モブ)のくせに、ぬけぬけとイケメンに会いに行くなんて大それたことなどだ……!  親友の関口くんにも「彰吾の邪魔をするな」と言われた。つまりそれって……南條先生に近づくなってことだろ?――そして俺は今、もやもやしている。  その原因は、俺が南條先生を好き……だから?  うーん……よく分からないよぅ……。  枕に顔を埋めてしばらく考え込んでいると、昼間りっちゃんが言った言葉が頭に浮かんできた。 『うっちゃん、もしも南條先生と吉村がくっついたらまた新しい攻めを探すつもりなの!?南條先生みたいなうっちゃんの理想の攻めはもう二度と現れないよ!?なのにいいの!?南條先生の受けが吉村固定になっちゃってもいいの!?』  南條先生と吉村くんはイケメンと美少年で超お似合いだ。  お似合いだけど……  今度は、永田氏の言葉まで浮かんできた。 『雨宮氏が今一番嫌なのは、吉村氏と南條先生が付き合うということよりも、南條先生が誰かのモノになる、ということではござらぬか?』    南條先生が、誰かのものになる……それが嫌なのは、その通りかもしれない。  でももう先生は、平凡な俺のことなんてとっくに忘れて今は可愛い吉村くんに夢中だろう。そしてそれを咎める権利は、俺にはないんだ。 「………」  また、胸がズキンと痛くなった。

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