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第30話 戦いは既に始まっている

「おはよううっちゃん、今日来るのギリギリだったね?」  ホームルームが終わった後、後ろの席のりっちゃんが話しかけてきた。俺の昨日のひどい態度や今朝のLINEのことについては特に触れないみたいだ。 「う、うん。ちょっとね……」 「何かあったの?寝坊はしてなかったみたいだけど」 「えっと……」  後ろを向いた瞬間、吉村くんとばちっと目が合った。俺の席は廊下側の一番前の席だから(出席番号1番だから)、後ろを見ればクラス全体が見渡せる位置なのだ。そして離れた席にいる吉村くんが、俺をキッと睨みつけていた。 「………」 「うっちゃん?どうしたの?」 「た、戦いはもう始まっているのです……!」 「戦い?……あぁ……」  りっちゃんは俺の視線の先を追うと、納得したような声を出した。納得したというか、あんまり興味なさそうな声?意外だ……もっとノッてくるかと思ったのに。 「うっちゃん、ファイトだよっ」 「う、うん!!」  やっぱり俺の気のせいだったかも? *  今日の3限目は化学だから、南條先生に会える――!授業の終わりにでも、昨日さっさと帰ってしまったことを謝ろう。きっと俺の分のコーヒーも用意してくれていただろうから。  吉村くんの登場にテンパってしまって、逃げるように……いや、逃げたんだったな俺。  まあ、俺のことなんかもうどうでもいいかもしれないけど……それでも言わないといけないことがあるから、がんばる!  南條先生はいつも通りだった。いつも通りのイケメンで、イケボで俺の耳を妊娠させる……(俺男だけど)授業中は仏頂面で、とてもじゃないけど俺に可愛いとか甘く囁いていた人と同一人物には思えない。でもそんなギャップに、また激しく萌えるんだよな……。  いいじゃん、受けの前でだけデレまくる攻めって。  お、俺は受けじゃないけど!!!!!  けど……  なんか俺、今日おかしい。南條先生で妄想すると、受けが全部俺の顔になっちゃってる。そんなの、ありえないのに……妄想するのヤメロ、俺!! 「じゃあこの問題を……雨宮」 「ハイ」  俺は臆せずに前に出ると、ためらいもなくホワイトボードに答えを書いた。南條先生にじっと見られてる気がして、少し緊張するけど……別に俺じゃなくてホワイトボードを見てるんだろう。 「……うん、正解だ。戻っていいぞ」 「はい」  あ……南條先生、少し笑ってくれた気がする。やっぱりかっこいいな……。 「うっちゃん、あんなわけのわからん問題がスラスラ解けるなんてスゴイね!」 「今度のテストの前にりっちゃん達にも教えてあげるね、解き方にコツがあってさ……」  ん?  りっちゃんと小声で話しながら席に着こうとした時、強烈な視線に気付いた。 「!?」  それは、やはり吉村くんの視線だった。なんか、どんどん睨みがきつくなってってるんですけど……!!吉村くん、主人公顔なのに完全に意地悪なライバルの顔になっちゃってるよ!?  俺が先生に当てられたことが気に入らないのかな……?でも、当てられたのならちゃんと解答しないとダメじゃん、学生として!でも正解したからってそんなに睨まなくてもいいのに……はぁ。  授業が終わったので、南條先生に話しかけようと席を立ったら。 「せんせ……」 「南條先生ちょっといいですか?今日の授業でわかんないところがあったんですけど!!」  吉村くんに、被るように遮られた。化学が苦手な吉村くんが自分から積極的に質問しに行ったものだから、関口くん以外のクラスメイトはザワついている。 「吉村、アイツどうしたんだ?」 「化学とか一番苦手だっつってたよな……」 「なんか昼休みも勉強聞きに行ってるみたいだぜ」 「へー、何でいきなりやる気出してんだろうなぁ」  それはね、南條先生のことが好きだからだよ。好きな先生の担当教科なんて頑張っちゃうもんね。俺は南條先生のイケボを聞いてたら自然と好きになったけど。  俺も先生に話しかけたいけど、勉強を聞きに行ってるんじゃそっちが優先だろう。仕方ない……今はあきらめよう。 「うっちゃん、いいの?」 「また、昼休みに行ってみる」 「ん!吉村なんかに負けたらダメだよ!」 「なんかって……」  化学室を出る直前、また吉村くんに睨まれた気がした。 *  昼休み、化学準備室へ行こうとしたら吉村くんと関口くんの会話がやけに大きく聞こえた。 「彰吾、今日も南條ンとこ行くのかよ?」 「当たり前!まだ全然化学わかんないからさ」 「メシもちゃんと食えよなー。つか、南條も今はメシ食ってんじゃねぇの?怒られねぇ?」 「弁当持ってくから大丈夫!南條先生はお昼食べないみたいだよ」  南條先生がお昼ご飯食べないこと、俺だけが知ってたのに……。やっぱり吉村くんも、食後のコーヒーを貰ってるんだろうか。  あ、じゃあ昨日の俺の分は吉村くんが飲んだとして、無駄にはなってないのか。 「………」  また、胸のもやもやが大きくなった。

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