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第32話 フィアットに乗って
放課後になった。先生たちって、大体いつも何時まで残っているんだろう。用事がなかったら、6時には帰るのかな……。南條先生は部活顧問もやっていないし、吉村くんの勉強を見終わったら帰るのだろうか。
「じゃありっちゃん、俺行ってくるよ……」
すれ違ったら嫌だから、今日は部活は休むことにした。待ち時間は長いかもしれないけど、絶対先生に会えると思ったら耐えられる。
「頑張ってね、うっちゃん!今日は金曜だし明日は休みだし、もうそのまま南條先生のとこに泊まっちゃえ!あっ、もちろんアリバイ工作はまかせといて!うっちゃん家 ならしなくてもいい気がするけど!」
「あのねりっちゃん、世間的には女の子の家に泊まる方がヤバイからね?」
「もぉ、そこはかなやんとあいちんも一緒にうちに泊まるってことにしてあげるから!」
「女の子3人の中に男が1人のパジャマパーティー……」
それはそれで楽しそうだけど。っていうか南條先生の家にお泊まりとか、そんなことできるわけないじゃん!!
また晩御飯をすっぽかしたら、さすがにお母さんもイジけるだろうし……。
とにかく俺は、南條先生と話が出来ればいいだけなんだから。
「えーっと、フィアット……フィアットってどんな車だろ?」
ル○ン三世には興味の無かった俺は、登場人物は知ってても車までは覚えてないのでスマホでぽちぽちっと検索した。するとそれは外車で、すごく高い車だった。
「あ……」
スマホで検索するまでもなかったかな。だって永田氏は、ちゃんと車種と色まで教えてくれていたから。職員用駐車場に黄色の車は、一台しか停まっていなかった。
「これが、南條先生の車かぁ~……」
確かにボロい。細かい傷とか小さい傷とかが結構あって……年季が入ってる、って感じ。でも、それが逆にいい感じかも。なんか女の人が好んで乗るようなサイズ感だなあと思った。デザインも丸っこくて可愛い。
俺は、なぜか一目見てその車が好きになった。思わず三枚ほど色んな角度から勝手に写メってしまったくらい。ふふ、待ち受けにしようかな。あとで先生に撮らせてもらいましたーって報告しよう。
中を覗くと、運転席の横の灰皿に煙草の吸い殻がたくさん入ってた。昼休みは一本しか吸ってないのに、南條先生は意外とヘビースモーカーなのかな。
ずっと立って待ってるのも疲れるから、座って待っていよう。下はコンクリートだし、ちょっとくらい制服が汚れてもいいや。南條先生が一番隅っこに停めていてくれてよかった。他の先生に見つからずに済むから。
黄色いフィアットにコテンと寄りかかると、なぜか南條先生に抱きしめられたときのことを思い出した。そして俺は、いつの間にか自然と目を閉じていた。
*
「ン……」
なんか、すごく気持ちいい……身体がゆらゆらしている。ゆらゆら……いや、ガタガタ?俺は今、どこにいるんだろう。
ゆっくりと目を開けると、いきなり目に飛び込んできたのは高速で動く風景だった。
「!?」
俺は車に乗っていた。揺られていると思ったのは、車の振動だった。
「あ、起きたか?雨宮」
「な……南條先生!?」
左を見たら、南條先生が運転していた。外車だから運転席が国産車とは反対なんだ。
俺は右側の助手席なんて初めて乗ったから、起きた瞬間にものすごく違和感を感じた。
「すごい気持ちよさそうに眠ってたから起こさなかったんだ。俺を待ってたんだろう?」
「あ……はい……」
どうしよう。今日も授業で南條先生の顔は見てるのに、二人だと思うとすごく緊張してきた……何か話さなきゃ!!
「あ、あの……今はどちらに向かってるんですか?」
「とりあえず俺の家。ゆっくり寝かせてやろうかなって思って……でも起きたらちゃんと家まで送ろうって思ってたからな!寝込みを襲うとか、俺はそこまでクズじゃないからな!」
「わ、わかってますよそんなこと」
俺が南條先生をクズだなんて思うはずがない。でも、必死で否定する姿はちょっと可愛い。慌てるイケメン、萌える……!
「最近吉村がよく質問に来てたから、全然雨宮に会えなくて俺から会いに行こうかなって思ってたんだ。だからお前が車の横に居たときは本当に嬉しかったよ」
「……っ」
南條先生、そんな風に思っててくれたんだ……やばい、めちゃくちゃ嬉しい。数日間悩まされていた胸のもやもやが、少しずつ軽くなっていってる感じがする。
「あ……あの!俺、南條先生に言いたいことがあったんです」
時間をおいたらもっと緊張してしまいそうだから、さっさと言ってしまおう。
「え?……ちょ、ちょっと待て。その話、俺の家に着いてからにしてくれるか?」
「そんなにたいしたことじゃないんですけど」
「それでも待ってくれ。今は運転中で危ないからな……」
少し話をするだけなのになぁ。耳だけ貸してくれたら済むのに、なんでだろう。でも、怒られたくないから俺は黙った。
もう起きたから別に南條先生の家には行かなくてもいいんだけど、イケメンの私生活に興味があったので敢えて俺は何も言わなかった。
「ここのマンションの10階だ」
「おお……」
南條先生は、わりと綺麗なマンションの横の駐車場にバックで車を停めると、先に降りてわざわざ俺の方のドアを外から開けてくれた。その行動は、まさに紳士的だ。(まだ続いてたんだな)
「あ……ありがとうございます……」
「うん」
そのまま、俺の左手は南條先生の右手に包まれた。誰かが見てるかもしれないのに、手なんか繋いじゃっていいんだろうか。
南條先生は俺の手を握ったままマンションのエントランスに向かい、オートロックのドアを開けるとさっさとエレベーターに乗り込んだ。少し難しい顔をしていて、一言も喋らない。エレベーターの中って、何故か無言になるよな……。
でも、あっという間に10階には着いた。
「ここ、俺の部屋だから覚えてて」
「は、はい……」
1003号室か。よし、覚えた。
「言っとくけど、お前が来るとは思ってなかったから散らかってるぞ」
「べっ、別にかまわないですよ?俺の部屋も汚いですし……」
「そうなのか?意外だな」
南條先生は笑いながら鍵を開けると、「どうぞ」と俺に先に入るように促してくれた。
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