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第34話 世界に君一人だけ

「なんで泣くんだよ、そんなに緊張してたのか?」  南條先生は苦笑しながら、俺の涙を親指で優しくぬぐってくれた。涙で視界が歪んでるせいか、普通に先生の顔が見れる。ちょっと困った顔のイケメンも萌え……。 「違……っ、おれ、こわく、て……」 「何が?俺がか?」 「レンアイ……が」 「……?」 「恋は楽しいことばっかりじゃないって……辛いことも多いってこと……俺、なんとなく知ってたから、好きな人は、ただ好きになるだけで……遠くから見てるだけで良かった。ずっと、それだけでよかったのに……っ」  俺、わけわかんないこと言ってる。南條先生、呆れちゃってるかな。17歳なのに、こんな小学生みたいな恋愛観でさ。 「でも、南條先生は……先生に関しては、好きだって言われてから黙って見てるだけなのが辛くて……、他にも先生を好きな人がいると思うと、すごいしんどくて……っ」 「卯月……」 「それに俺みたいな平凡ちんちくりんモブ野郎が、南條先生みたいな主役級ウルトラハイパーイケメン攻め様に釣り合うはずないって思って……吉村くんみたいな、美少年じゃないと」  そういえば先生、吉村くんは?あんなに毎日通いつめられて、少しはクラッときたんじゃないの?俺のことなんて、一瞬で忘れてしまったかと思ってた。 「なんでそこで吉村が出てくるんだ?」 「だって吉村くんも南條先生のことが好きだから。おこがましいけど、俺のライバルで……!邪魔すんなとか、絶対負けないからって言われたけど」 「そんなこと言われたのか!?あいつ可愛い顔して結構底意地悪ィな……」  まるで俺みたいじゃねえか、と先生がボソっと呟いたのは俺、聞こえてませんから。 「あ、邪魔すんなって言ったのは関口くんでした」  吉村くんは底意地悪くなんかないです!!何回も睨まれたけど!! 「そんなのどっちでもいいよ。俺にとって生徒は卯月以外は有象無象なんだから。それに吉村は俺のことなんて全然興味ねぇぞ。あいつは間違いなくストレート……ノンケだし」 「え?」  の……ノンケだって!?えっ、吉村くんは総受けのバリネコでしょ!?あ、これは俺の妄想だった。 「俺だって吉村……つうかノンケに興味はねぇし」 「じゃ、じゃあ吉村くんはなんで俺をあんなにライバル視したんでしょうか!?化学準備室にだって通い詰めてたし……!!」  相手が南條先生じゃなきゃ、一体俺の何に対してあんな張り合うようなこと言ってたんだ!?負けないからとか!! 「んー……俺は授業の時にクラス全体を見てるから、誰が誰を好きなのかなんて、分かりやすい態度のヤツならすぐに分かるけどな。ま、俺の口から言うのはちょっと吉村に気の毒だから、月曜日に吉村本人から聞けよ」 「ええーっ!!」 「それより」  いきなりグイっと顎を掴まれて、顎クイをされた。 「恋愛が怖いとか……お前はどこまで俺を悶えさせる気なんだ?」 「え……?」  萌え……いや、悶え? 「前にも言ったけど、俺たちは男同士でそのうえ教師と生徒だし、付き合うのは難しいかもしれないけど、俺は今後こんな風にお前を泣かせたりしないように精一杯努力をする。むしろ教師なんていつでも辞めていいんだ。……だからお前も、いつまでも恐がってないで俺の胸に飛び込んできてくれないか」 「……!!」  南條先生、俺のためなら教師辞めてもいいって!?いやいやいや!!先生って職業だから生徒との禁断愛に萌えの価値があるんじゃないか!!  あ、でも俺が卒業したあとはそんなの関係ないか……むしろ不安だから辞めてほしいかもしれない……そんなこと、言わないけど。  それに俺、南條先生が先生だから好きになったってわけじゃないし。 「ていうか先生、俺のどこがいいの?俺みたいなモブどこにだって転がってるのに」  それは、意外にも初めてした質問だった。いつも俺が否定ばっかりして、南條先生の気持ちを受け入れた上での質問はしたことなかったから。 「よっと」 「うわ!?」  南條先生は、いきなり横から俺を抱き上げて(!)自分の膝の上に乗せた。エッチしてるわけじゃないけど腐女子の皆さんにわかりやすく説明するとすればこれはいわゆる対面座位!!俺が先生を見下ろす形になってて……イケメンの上目遣いヤバぁぁぁい!! 「お前みたいに可愛いヤツは、世界に一人しかいないよ」 「へっ!?」 「どこがいいのかって聞かれたら……全部、としか言いようがないな。お前は顔も他の奴より可愛いし、性格も控えめで可愛いし、頭もいいし、マジですべてが俺の好みだからな」 「……っ」  やばい(やばい)  やばいいいいぃぃ!!!なにそれぇぇぇ!!!全部新刊にぶっこみたいセリフぅぅぅ!!!いやでも俺が言われてるんだけど!?俺が!!おれが!!OREGA!!嘘ぉぉぉ!!! 「好きだよ、卯月」 「は、はひ……っ」 「俺にももう一回聞かせてくれよ」 「……しゅ、しゅきれ……」 「聞こえないぞ?」    あああああもう絶対聞こえてるじゃ―――ん!!!!なんか恥ずかしさが臨界点突破して逆に落ち着いてきたんだけど!?凄いな俺!!やればできる子!!  南條先生はニヤニヤと悪い顔で俺を見上げてるし……ほんと、授業の時とは全然違う態度すぎて別人みたいだ。  でも、南條先生のこんな悪そうな顔を知ってるのは本当に俺だけだよね。  そう思ったら、胸の奥がきゅーんってなった。 「俺も好きですってばぁ!!」  少しヤケクソ気味に言った俺に、南條先生はとても嬉しそうに笑って、もう一度俺をギュッと強く抱きしめてくれた。はわわわわ……!! 「卯月、顔上げて」  俺もしばらく南條先生の背中に腕を回して抱きついていたんだけど、少ししてから先生がそう言った。言う通りにすると、目の前には先生の端正なお顔が……! 「あ……」 「目、閉じていいよ」  俺が南條先生の顔を見て鼻血を噴き出さないように、そんなことを言ってくれたのかと思ったけど、違った。 「ンッ……」  普通に、キスをするためだった。 「卯月……可愛いよ……」 「あ、ンッ……ふぅ、せんせぇ……」  キスの最中に囁かれるように可愛いと言われて、さっきまで爆発しそうだった脳が今度は沸騰して蕩けそうだ。俺、さっきから南條先生の全部を一人占めしてる。  目を閉じてると余計にかっこよく聞こえる、先生の声。たくましい胸板、脚、俺の頭を撫でる優しい手つき……すべてがヤバい。なにがヤバいのか説明できないくらいヤバい。語彙力が死ぬってこういうことだな。  でも、しあわせだ……。 「卯月……今夜は泊まって行かないか?家が厳しいのなら、嘘を付かずにすむように俺が親御さんに電話するから。お前の不安要素は全部取り除いてやりたいんだ。ぶん殴られるのを覚悟で、今から挨拶に伺ってもいい」 「ええっ!?」  そんなことしたら、うちの腐女子どもが喜ぶでしょうが――っっ!! 「と、泊まりたいのは山々ですけど……俺、今日は帰って母の作ったご飯を食べないといけないんです……こないだ食べなかったから」 「どうして?」 「かくかくしかじかで」  きっとこのことを母に話したら、南條先生の申し出を優先しなかったことを怒りそうだ。でも、俺がそうしたいんだからいいんだ。 「そうか。……卯月はいい子だな」 「べ、別にふつう、ですよ?」 「可愛いし」 「可愛くないです、モブ顔ですっ!」  南條先生は俺の鼻先に一つキスを落とすと、 「じゃあ、お泊まりは今度な」 と軽くウインクして、俺を膝の上から降ろしてくれた。 「っ……!!」 「卯月?どうした」  イケメンの生ウインク、頂きましたァァァァ!!今のが今日一番破壊力だよ、やばすぎるぅぅ……!!本気で死ぬかと思った!!萌えすぎて!!  俺は、心の中で鼻血を派手に南條先生に飛ばしました。

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