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第36話 その頃の南條先生について①

【南條視点】 俺と雨宮のラブラブなランチタイムに、突然そいつはやってきた。2年A組出席番号33番、吉村彰吾(よしむらしょうご)。 まさにヌケヌケと……いや、ノコノコと、と言ったところか。 なんだてめぇクソガキこの野郎、俺と雨宮……いや、卯月とのラブラブランチタイムの邪魔してんじゃねーよ!!せっかく卯月の恥ずかしそうな可愛い顔がもっと見れるところだったのによォォォ!!! と言いたいのをグッと堪えて、ポーカーフェイスで対応した。 「吉村、俺に何か用なのか?」 「あ。あの……授業で分からないところがあるので教えてほしくて来ました」 吉村がそう言った途端、ガタッと派手な音を立てて卯月が立ち上がった。 「あ、あの!俺もう行きますから!!吉村くん、ここの席空くから使って!?」 「え、でも雨宮食べてる途中じゃないの」 「いいから!ふたりの邪魔をする気は一切ないからね俺!じゃあ南條先生さよーならっ!!」 「雨宮ぁぁ!」 なんと、卯月が出て行ってしまった!ああ、俺の天使がぁ……!! 悲しいかな、俺も一応教師のはしくれ。質問に来た生徒に『教科書百万回読んでろッ!!』などと言って冷たく追い返すわけにはいかない。大学で質問に来た後輩にはそうして来たけど。――すると。 「南條先生!俺はどうしても雨宮みたいに化学が得意になりたいんです!かなり切実なんです!なのですみませんが、これから毎日昼休みと放課後、俺に化学を教えてもらえませんか!?」 吉村はそう言い、俺に頭を下げた。 はぁああああ!?毎日だと!?!?!? 「俺、どうしても化学ができるようになりたいんです。次の化学のテストではどうしても雨宮に勝ちたいんです、いや、勝たなきゃダメなんです!!」 なんでだよ、無理だろ。 惚れた欲目ってわけじゃないけど、雨宮卯月(あまみやうづき)は特別な生徒だ。授業中、なんっっっにも聞いてないような顔してるのに(ただひたすらに俺の顔をウットリ眺めている)当てたらほぼ正解を答える。頭の中だけで聞いて理解しているんだ。 だから俺は、卯月のことを天才だと思っている。もし俺が大学にいて助教授にでもなって卯月みたいな院生が居たら、さぞかし使い勝手がいいだろうなぁ……と妄想したりしてな。 そんな天才少年卯月に、毎回化学赤点の吉村が勝ちたいだと?……うーん、寝言は寝て言えって感じだな。 それでも俺は、しつこいが一応教師としてそんな冷たいことを言うわけにはいかなくて…… あぁぁマジで教師って面倒くせぇ!進学校でもあるまいし、化学なんて適当にやってろよ!!自分の担当教科だろうがそう思うぜ。 「なんでいきなり――その、雨宮に張り合ってまでできるようになりたいって思ったんだ?ていうかほぼ暗記教科だぞ、化学は」 理由くらいは聞かせてもらおう。その内容にまったく興味はないが、そのくらい言わせないと割に合わん!!言わせたところで別に割に合わないけどな!! 「俺がバカだから、好きな人に……ふられてしまって……」 ――ん? 「付き合って貰える自信あったんですけど……顔だけのつまんない男って言われちゃって」 吉村の好きな子って…ああ、池田律(いけだりつ)か。授業中すげぇ見てるもんな。ありゃ気付いてるクラスメイトも何人かいるだろうな。 吉村は卯月より後ろの席だから、卯月は気付いてないだろうが……なるほどな。池田に振られたから、池田と仲のいい卯月に勝ちたいのか。ははぁ…… ザ・単純だな!!さっすが男子高校生!!そんなあさっての方向の努力で女が落ちるか!!あーバカだなー!!バカかわいいけどめんどくせーっっ!! 「だから俺、彼女に教えてあげられるくらいに化学が得意になりたいんです!」 「あーそうか。で?今日の授業のどこがわからないんだって?」 そんなくだらねぇことに毎日付き合ってられるか。昼休みに放課後?ふざけんな、じゃあ俺は卯月といつ会えばいいんだよ!! 家に連れ込むのもあの様子じゃまだまだハードルが高いだろうし……メアドの交換すらまだしてねーし、あーあ……。 「ぜ、全部です」 「はあ!?」 そのふざけた答えに、俺の切れやすい血管がつい一本プチンと切れてしまった。 「ふざけんじゃねーぞ吉村!わからないところがわかりませんってそんな漠然としすぎたことを言う奴に教えられるか!!俺はカテキョでも塾講師でもねーんだよ!!確かに高校は無料じゃねーが普段から授業をマジメに聞いてればよかったんだろ、ふざけんな!せめて自分で勉強して、どーっっしてもわからなかったところだけをピンポイントで質問しにこい!今更一人の生徒に最初っから手取り足とりの個人授業やれるほど暇じゃねぇんだよ俺は!!」 吉村は大きな目を更に大きく見開き、声も出ないくらい驚いている。俺は今まで授業中に一度も怒ったことがないからな。 生徒がオシャベリしてよーが寝てよーが内職してよーが別に知ったこっちゃねぇ。卯月が俺の授業を一生懸命すぎるほど聞いてくれている、それだけで十分満足しているからだ。 つーか吉村コイツ、よく見るとすげぇ美少年だな……好みじゃねぇけど今気付いた。でもアレだ、残念な美少年ってやつだな。 「す、すみません……そうですよね、本当にすみませんでした」 「分かればいいんだよ、分かれば」 長々と説教するつもりはない。あと、暇じゃねぇってのは嘘だけどな……俺はクラスも受け持ってないし、部活の顧問でもないから。文化系部活が少ない学校で良かったぜ。 スポーツ系の部活の顧問なんぞ校長命令だろうと死んでもやらん!←運動苦手 「……でもまぁ、自分から教わりに来たことだけは褒めてやるよ。俺は高校の時そんなにマジメじゃなかったからな」 別に聞きに行かなくても優秀だったんだけど、これは言わないでおいてやろう。 「……南條先生……」 「でも、雨宮よりできるようになりたいってんなら俺はスパルタだぞ。とりあえず元素記号くらいは全部暗記しとけよな。あと教科書全部読め。話はそれからだ」 「は……はいっ!!」 こうして俺の吉村に対する個人授業(?)が始まった。ああ、マジで面倒くせぇ。これが卯月だったら喜んで個人授業するのに……!!でも内容は化学じゃないな。保健体育だな。 ああ、卯月……もう少し一緒に居たかったぜ……。

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