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第58話 父、帰宅する

ピンポーン…… ぎゃいぎゃい騒いでる中、ふとインターホンが鳴った。 ん?誰か来たのかな?こんな時間に……もう11時じゃん。セールスでもないだろうし。 「あ!お父さんよきっと。先生が原稿持ってきてくれたから、今日中に帰れるようになったってさっきメールが来てたの、そういえば!」 「へ!?」 お母さんは呑気にそう言って、玄関までパタパタと父を迎えに行った。 いや、いやいやいや。この状況ってものすごーくマズイ気がするんだけど……。 だって俺、この家じゃ唯一の娘ポジションだし!?(唯一の息子だけど) 姉さんたちもマズイと思ったのか、さきほどまでの空気が一瞬にして冷え切っている。 その辺は姉さんたちの方が母さんよりも空気読めるんだなって感心した。 「ど、どうする?葉月姉さん……お父さん、多分南條先生にキレるわよ」 「南條先生を卯月の部屋に避難させる……って玄関を通ったらアウトね」 「先生に庭に出ててもらうとか?」 「てゆーかもう先生の靴見ちゃってるわよ!」 「ど、どうしよぉ~~っ!南條先生、先生は絶対に俺が守りますから!」 ボールペンと自分のチンコしか握ったことしかないひょろ腕だけど!! 愛があればきっと腕力だって出てくるよ、多分!! でも慌てる俺たちとは反対に、南條先生はニコッと笑って俺の頭を撫でてくれた。 「大丈夫だよ。むしろそっちの方が予想してた反応で有難いから」 「せ、先生……」 そ、そうですよね!! むしろ今までの歓迎ムードが普通じゃありえなかったんだもんね!! でも、うちのお父さんが娘を彼氏に取られたっていう風に来るとは想像してないんだろうなぁ! ここまでで、約10秒ほどが経過な。 そして、ガチャリとリビングのドアが開いて、お母さんが言った通りお父さんが帰ってきたのだった。 「ただいま」 いつもとは全然違うお父さんの『ただいま』の言い方に、リビングに緊張が走る。 漫画みたいにメガネの奥の目が見えないからね。それどうなってんの? お母さんはお父さんの後ろでにっこにこしている。すげぇ。 っていうか南條先生が来てること、お母さんはお父さんに言ってくれたんだよね? リビングに来るまでいつもより少しタイムラグがあったもんね。 「お帰り、お父さん!」 「お帰りなさーい」 葉月姉さんときさ姉が努めて明るく言う。 俺と皐月姉さんは南条先生の前に立って、南條先生を守るようにガードした。 皐月姉さん、いつもは意地悪なのにこういう時はなんて頼もしい存在なんだ!! ピン子なんて言ってごめんなさい! 今だけは!! でも、お父さんの視線(メガネ越しのな)は俺たちなんかじゃなくて、まっすぐに南條先生に向けられている。 南條先生は俺と皐月姉さんの肩をすっと押して、お父さんの前に出て行った。 「南條せんせ……」 先生は呼びかけた俺に無言でニコっと笑いかけると(また鼻血出そうだったけど毛細血管が空気を読みました!)お父さんに言った。 「初めまして、南空高校で化学を教えている南條志信と申します。遅くに遠慮せずにお邪魔していまして、誠に申し訳ありません」 「卯月の父の雨宮晴樹です。どうもご丁寧に。それで、化学の先生がどうしてうちに?」 お父さんってば、俺が南條先生好きなこと知ってるくせに!! でも、でも、何故か俺は皐月姉さんに肩を押さえられていて先生のもとに行けない。 力つえぇよ皐月姉さん!! 「お宅の卯月くんと、お付き合いさせて頂いております。男同士なうえ、卯月くんが未成年であることは承知しております。申し訳ありません」 そう言って、南條先生はお父さんに頭を下げた。 「……顔を、上げてください」 お父さんは先生に向かってそう言った。 先生が顔を上げた瞬間に殴りでもするのかと思ったら、次の瞬間―― 「ぐふぅっ!!」 お父さんは、盛大な鼻血を噴きながらその場に後ろ向きで昏倒した。 「ちょっ!?お父さん!?おとうさーん!!」 慌てて父に駆け寄る俺と姉たち。 な、な、なんで!?ていうかめっちゃくちゃどこかで見たことのある光景なんですが!! そんな中でも、お母さんだけはやっぱり落ち着いていて……。 「あらあら……やっぱり先生を見て鼻血噴いちゃったわねぇ」 「や、やっぱりって!?」 「お父さん、うちの中じゃ一番イケメンに弱いのよ~。卯月が美形を見て鼻血噴く癖だって、見事にお父さんから遺伝したんじゃないの~」 「へっ!?」 お、俺が鼻血を噴く癖が……まさかのお父さんからの遺伝ですか!? 「大丈夫ですか、雨宮さん!!」 南條先生がお父さんを抱き上げる。 ああっダメだ先生!やきもちとかじゃなくて、そんなことしたら……! 「う……ん……グハッ!!」 「わあッ!」 ほら!そんな至近距離にいたら鼻血噴くのなんてわかりきってるでしょー!! もう南條先生の白いワイシャツはオレのさっき出した鼻血とお父さんの鼻血で赤く染まっている。 布団にも床にも血痕って、雨宮家は火サスの舞台か何かですか。 そして後ろでは安定の会話が始まった。 「やばっ……超絶美形青年×冴えない中年おっさんカプめっちゃ萌えるわ…」 「わかる……今日一番の萌えだな」 「南條先生、そのまま父にぶちゅーっとかましてもいいんですよ……どうせ卯月の将来の姿なんだから」 「どうせってなんだよ!!なんでもかんでも萌えてんじゃねえよ腐女子どもッ!!涎を垂らすな!!お母さんも止めてよ!お父さんが先生に取られちゃうんだよ!?」 「あんな美形の男の人に取られるなら私は喜んで応援するわ……むしろもっとやれ!よ」 「ああもうマジでやだこの家族ぅぅぅ!!!」 お父さんは南条先生に対してカッコつけたかったんだと思うけど、目を合わすたびに鼻血を噴くので(最初はすっごい我慢してたんだろうなぁ)結局想像してたようなくだりはなかった。 『息子さんをください!』っていうアレね。 まあ、まだ結婚するわけじゃないんだけどさぁ。 でもいずれは、そういう挨拶をしてくれちゃったりするのかなぁ?南條先生……。

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