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第61話 大好きな人が待っている
【卯月視点】
土日が過ぎて、月曜日。
なんだか学校なのが少しほっとする。
まあ、二日間ずーっと南條先生と一緒に居られたからいいんだけどなっ!
場所がうちじゃなくて、そして二人っきりだったらもっと良かったんだけど……。
「おはよううっちゃん!あれぇ?なんだか疲れてる顔してるけどご機嫌だね」
校門を入ったところで、後ろからりっちゃんに肩を叩かれ、振り返るとそんなことを言われた。
りっちゃんは今日も可愛いね!
「おはよ~。分かる?りっちゃん」
「うん。なんか少しどんよりしたお花のトーンが周りに飛んでるって感じ!て、ちょっと顔にもトーン付いてない?」
「聞いてよー、もう土日大変だったんだよぉぉ……」
そして俺は、教室に行くまでに幸せだけど大変だった土日のことをりっちゃんに話した。
「えっ、締切忘れてた?弥生 先生が!?」
弥生先生とは俺のお母さんのことだ。
「そう。すっごい前に受けてた漫画の依頼があったんだけど、日曜日が締切でさあ……すっかり忘れてたみたいでね。ネームもできてなかったし、それでもう一家全員を巻き込んだ修羅場だったよー二日間……」
お母さんはアシスタントとか雇ってないし、その依頼した出版社の人もギリギリに確認の電話とかしてくるし。
「へえぇ……。呼んでくれたら助っ人しに行ったのに」
「なんか色々と余裕なかったんだよ……いきなり呼ぶのも悪いし。んで、南條先生が金曜日からうちに泊まりに来てたんだけど、俺もお母さんの手伝いしなきゃいけないし、俺たちの様子を見て先生も帰るに帰れなかったみたいで」
「南條先生も漫画描くの手伝ったんだ!?」
「うん。漫画っていうか、お茶入れてくれたり買い物に行って家族全員分のご飯作ってくれたりした。美味しかったよぉ」
「へえー……!」
でも土日、俺は南條先生とデートしたかったのにぃ!
ずっと一緒に居られたからいいっちゃいいんだけど……。
いや、よくない。よくないな!
お母さんにお小遣いアップを所望す!
「それでうっちゃん、南條先生とはもうエッチしたの?」
「えっ?」
りっちゃんがごく普通に聞いてきたから、俺も普通にうんって言いそうになった。
あっぶねぇぇ!!
「いやっ、ちょ、その」
「その反応は……したのねっ!?どうだった!?」
「りっちゃん!ここ教室だからそういう話はちょっとーっっ!!」
BLの話だったら今までも教室で堂々としてたけど、自分の話は堂々とできないよっ!!
「じゃあ昼休み!絶対話してね!?」
「ぜ、絶対という約束はできぬ」
「またまた~、楽しみにしてるからね!」
あああ……話すまで放課後も絶対帰してもらえないパターンだこれ!
俺とりっちゃんが仲良さげに話しているのを見てるのか、相変わらず吉村くんの視線が痛い。
親友なんだからしょうがないじゃん!
*
化学の授業は三限目だ。
南條先生も、俺同様にちょっと疲れた顔をしていた。
日曜の夕方には帰したんだけど、ずーっとうちに泊まりっぱなしだったもんなぁ……、疲れてるのにこき使っちゃって本当にごめんなさいだよ!
その上、『俺も役に立てるように少し絵の練習しとく』って、どんだけいい人なの先生!!
腹黒いなんて思っててごめんなさい!!
でも、そんな南條先生の疲れた様子が分かるのはきっとこの中では俺だけだ。
他の生徒は気付いていない、優越感。
授業中に目が合うと、俺にだけしか分からないように目だけでふっと笑ってくれるんだ。
ああ、幸せすぎて死にそう。
俺、あんなカッコいい人とエッチしちゃったんだよね……ふああああ信じられない!
授業中なのに、思い出すと身体が熱くなっちゃうよ!
そして……問題の昼休み。
いつも通り美術室に、いつものメンバーだけど……。
「なんで永田氏まで聞く気満々なの?」
「興味があるからでござる」
「何に?BLに?ついに永田氏もこっちの世界に足突っ込むことにしたの?」
「いや、そういうわけではないのでござるが」
「………?」
なんだろ。ちょっと引っかかる言い方だな。
永田氏はメガネが分厚くて肝心の目が見えないから、本心もなかなか分からない。
「それよりうっちゃん、話して話して!」
「どんなことしたの!?」
「どこまでしたの!?」
「痛かった!?きもちかった!?」
「あ、あのねぇ君たち……」
目をキラッキラさせて矢継ぎ早に質問してくる腐女子三人娘。今、まだ昼間だからな!?
しかも周りに他の生徒いるからな!?!?
ちょっとは恥を知りなさいよ!!
って普段の俺にも言えることなんだけどさ!!
自分が腐男子なせいであんまり腐女子を怒れない。
辛いところです、ここ。
「別に特筆して話すことはないっていうか!てか、BL漫画読んでるんだからわかるでしょっっ!!おんなじだよ、お・ん・な・じ!」
そう言ったら、キャーっと喜ぶ三人……。
永田氏だけ、
「読んでないからわからんでござる」
と冷静に返してきた。
ほんとになんで聞きたいの、この人。
俺を女体化して妄想するつもりか?……ちょっと有り得るな。
そしてそんな永田氏に、りっちゃんがすごくイイ顔で18禁のBL漫画をそっと手渡したのだった。
永田氏はそれを受け取ったあとにぺらぺらと流し読みして、無言でりっちゃんへ返却した。
「とにかく、プライベートなので詳しいことは教えられませんっ!」
「えー!ケチー!」
「うっちゃんのけちー!」
「ケチで結構ぅぅ!!」
だって、初めてなのに媚薬を使われてアンアン喘ぎまくって先生のチンコ超気持ちくってあっというまに昇天しちゃったとか……こんな真っ昼間から言えるかぃっ!!
ぶーぶーとあいちんたちの垂れる文句を聞きながら俺はお弁当を黙々と食べた。
そういえば、今日はコーヒー飲みに化学準備室へ行くか、どうしようかな。
迷っていたら、りっちゃんが言った。
「うっちゃん、今日は化学室行かないの?」
「えっ?」
あいちんも。
「もっと詳しい話聞きだしたいけど、行ってきなよ!もう吉村は来てないんでしょ?」
かなやんまで。
「うちらは永田氏にBLの良さでも教え込んどくから!腐男子仲間が増えるといいね、うっちゃん!」
「ぜ、絶対にお断りでござる……」
「なんでよ、興味あるって言ってたくせに」
「それとそれとは別でござる!!」
「ほ、ほどほどにしてあげてね」
永田氏、ほんとになんでなんだろ。
それはまた、いずれ男同士の会話で聞き出そうかなっと。
何か面白そうな事情がありそうだしね。
「みんなありがと。じゃ、行ってくるね!」
「「「行ってらっしゃーい!」」」
一か月前までは考えられなかったようなポジティブさで、俺は美術室を後にしたのだった。
大好きな南條先生が待ってる、化学準備室に向かうために。
今日も俺は、リア充です!
雨宮卯月は腐男子である【終】
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