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〈12〉苦悩する永田氏

 ――あれから一週間が経った。  八代が拙者に会いに来ることは一切なくなり、メス豚どもにブヒブヒ文句は言われたが、平和な日常が戻ってきたかのように思えた。 「へえ、じゃああれから八代先輩来ないんだ。良かったね」 「ああ」 「……永田氏、」 「なんでござるか?」  体育の時間、拙者と雨宮氏はクラスは違うが合同授業なので、またハブられ者同士仲良く体育館の隅に並んで座っていた。  見ようによってはホモに見えなくもないが、そう思う奴は腐ってるだけでござる。 「なんか元気ないけど具合悪いの?」 「まだあこりんの後遺症を引きずってるだけでござる」 「ああ、斉賀くんか……でもあこりんって確か、ツインテールだったよね?」 「ピンク頭のな。でもあれだけ顔が似てたら、拙者レベルだとツインテールも勝手に見えてくるのでござるよ」 「すげぇな、オタク・アイ()」 「お前らの()ィルターと同じようなもんでござる」 「確かに」 「……」 「……」  会話が止まってしまった。  雨宮氏、何かよからぬことを考えてねーでござるよな……。  あっ、そういえば。 「こないだはとっさに彼氏だなんて嘘をついてすまなかったな。その後、何かトラブルはなかったでござるか?南條先生関連の」 「うん、南條先生には言ってないから何もないよ。それに八代先輩、俺たちが付き合ってるってこと普通に信じてないんじゃないかなぁ」 「……そうでござるな」  あの状況でそれを信じたら、どんだけ頭の悪い奴なんだって思うでござる。それくらい拙者と雨宮氏の演技(?)はヘボだった。 「ねえ、永田氏」 「今度は何でござるか」  雨宮氏が、少し神妙な顔を向けていた。 「永田氏ってさ、別に八代先輩が男だから嫌ってわけじゃないんだね」 「は?」 「俺と南條先生のことだって、最初から偏見なかったし」 「……雨宮氏は一年の時からの部活仲間でござるからな。BL好きなのも知ってたし、むしろ最初からそういう嗜好だって思ってたでござる。じゃなきゃ、あのうるさい三人娘の誰かとなんかあるだろうからな」 「りっちゃん達はただの友達だよ?」 「とはいえ、男と女でござろう。なんかこう、ラブコメ的展開というかラッキースケベの一つや二つくらいあってもおかしくないでござる」  複数の女が一人の男を取り合う、少年誌のラブコメ漫画では必ず見られる光景だ。 「でもりっちゃん達って、もしも俺に裸を見られたところで全然平気だろうなぁ」 「それはそれでツラいでござるな」 「むしろこっちが悲鳴あげちゃうかも」 「わかりみが深い……」  あれ、何の話をしてたでござったか。 「あっと話がそれちゃった。……だからさ、永田氏って別に男同士の恋愛に偏見を持ってるわけじゃないんでしょう?」 「雨宮氏は友達という前提があるからでござる。拙者が八代の告白を受け入れるのかっていうのは全然別の話だ。別に男だから嫌っていうわけではござらんが、奴がもし女だったとしてもお断りでござるな」 「え~、もったいないなあ」  雨宮氏は、拙者と八代がうまくいってほしいと思ってるのだろうか。 現実はBL漫画のようにはいかないのでござるよ!拙者にだって好みというものがある。  ズバリそれはあこ……はあ、また思い出してしまったでござる。 「でも永田氏の元気がないのって、原因は八代先輩だよね?」 「は!?」 「あこりん後遺症もあるだろうけどさ、ホントはそれだけじゃないでしょ?永田氏、口は悪いけど優しいからさ……八代先輩を傷つけちゃったこと、気にしてるんじゃない?」 「そ、そんなことは……!」  ない、とは言いきれなかった。  誰にでも抉られたくない傷はある。  八代にとってそれはきっと、千歳シンジのことだろう。  それを拙者は、告白を断るためとはいえグリグリと無遠慮に傷を抉ってしまった。 こんなの、拙者が大嫌いなメス豚共と何も変わらないでござる。  たとえそれが、多大なる迷惑を被っている相手だとしても……。 「ねぇ、謝りに行くなら俺も付き合うよ?」 「ていうか雨宮氏、なんで八代が千歳シンジに振られたこと知ってるでござるか?」  そんなに有名な話ではないでござろう。  そもそも千歳シンジがゲイ……いや、バイ?ってことは知ってたのでござるか。 「南條先生に聞いたよ。八代先輩が千歳先輩を好きだったってことだけね!あとは千歳先輩、公式ブログで毎日ノロケてるんだもん、俺の恋人が可愛すぎるとかなんとかさあ」 「は?ブログ?」 「うん、結構有名だよ?千歳先輩がバイなのって。よく同期のRION(リオン)ともイチャイチャしてるし。二人とも美しいから炎上はしないけどね」 「りおん?今度は誰でござるか……って、同期ってことはそいつもモデルか」 「そう、めちゃくちゃ美人なんだよRION!て言っても男で、しかも俺達とタメなんだけどさ、同じ人類とは思えないくらいキレイだよ。透明感っていうか、退廃的な美しさっていうかね……」  なんと、千歳シンジはそんなに有名人だったのでござるか。  そりゃ、八代も告白なんてできないでござろうな。  ああああ、なんかどんどん罪悪感が芽生えてきて嫌でござるぅぅ!!

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