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〈19〉珍しく情緒不安定な永田氏
店を出ると、やや遠くで若い女二人が拙者と八代を見てクスクスと笑っていた。
なんだ、あの派手な格好のメス豚どもは。
「ねぇねぇあそこの2人さぁ、背が高い方は超カッコイイのに小さい方ヤバくない?どう見ても釣り合い取れてないよねぇ」
「あんなに容姿に差があっても友情って成り立つんだね~、男って」
「ただのパシリじゃないの?」
「あはは、それ言えてる~!」
………拙者は八代と恋人でも友達でも、ましてやパシリでもない。
でも、何故か今はこうして一緒に居て、人生初のデートとやらをしている。
手を繋がれ、飯を奢られ、普段は行かないような服屋で服を選んで着させられ……
あれ?拙者、貴重な休みに一体何をしてるでござるか?先週、今週と二週も続けて。
三次元の男なんて、三次元の女以上にどうでもいい存在だっただろう?雨宮氏は特例だが。
「永田くん、あっちに行こうか。……なんか、感じ悪い子たちだね」
なんで見知らぬメス豚に、あんなムカつくことを言われなきゃならんのか。
そして、何故拙者はいつものように言い返せないのだろうか。
「永田くん?」
「……もう、帰るでござる」
「え!?」
生まれて初めて生身の誰かに『好きだ』と言われて、その言葉を本気で受け取って、柄にもなく浮かれていたのか?
……カッコ悪いな。
自分がカッコ良かったことなんて、今までの人生の中で一度も無いけど。
「永田くん!」
拙者は八代を置いて走った。
とにかく走った。
ここが何階か分からないが、エレベーターは待たないといけないし、エスカレーターで走るのは迷惑だから目指すは非常階段だ。
「永田くん待って!」
そういえば、八代はサッカー部でその上フォワードだった。
美術部で万年運動不足のオタクが簡単に逃げられるわけがなく、非常階段の踊り場でアッサリと捕獲されてしまった。
「ハアッハアッ、は、離せ!!」
「なんで急に逃げるの?俺何か気に入らないことしたかな!?したなら謝るから!だから急にどっか行かないでよ……びっくりした……」
先輩だとか後輩だとか、そんなことはもうどうでもいい。
いくら八代が話を聞かない奴でも、無理矢理言い聞かせるしかない。
でないと、自分が駄目になる気がするでござる。
「貴様……どういうつもりでござるか?」
「え?」
「拙者のことを好きだと言っておきながら食事は千歳シンジの好きな店で、連れて行く場所も千歳シンジの御用達の店で、全然ヤツのことを忘れていないだろう!拙者のことなんて本当は好きでもなんでもない癖に、からかうのも大概にしろ!」
「え?何を言ってるの?」
「最初からおかしいとは思ってた。でも貴様が、拙者の言葉であんな傷付いた顔をしたから……」
”どうして拙者にはそれが言えて、千歳シンジには言えなかったでござるか?”
「貴様が何度も拙者のことを好きだって言うから……!」
だから何だというんだ、馬鹿馬鹿しい。
そう、馬鹿なのは拙者だ。
なんで一瞬でも奴の言葉を信じたのだろう。
よくよく考えなくても、ありえねーでござる。
サッカー部の人気者が、エースストライカーとやらが、拙者のことが好きだなんて。
なんとなく絆されて信じるなんて、
本当に……
「永田くん……?」
「!? うわ、うわわっ」
な、なんで涙が出てくるんだァァァ!?冗談じゃない!!
これは涙じゃない!汗だ!!それかしょっぱいコーラでござる!!透明だけど、あのほら新発売のやつーーー!!
泣いてる顔を見られたくなくて、拙者は非常階段を全速力で駆け下りた。後ろから八代の呼ぶ声が聞こえてきたけど、もうヤツが追って来ることは無かった。
「っはぁ、はぁ……」
これだから、三次元は嫌いだ。
二次元に逃げて何が悪い。
キモオタで何が悪い。
……誰にも責められてなんかいない。
家に帰り着くまで、拙者はずっと頭の中で言い訳めいたことを繰り返していた。
誰に対しての言い訳なのかは、とうとう分からなかった。
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