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〈20〉もしかしてそれ恋じゃないですか
家に帰り着き、こっそりと玄関を開けたが母親にすぐ見つかった。
「おかえりなさい隆星 ちゃん、案外早かったのね。あら、どうしたのその服?今朝着ていったのと違うわね!なんだかオシャレだけどついに目覚めたの!?」
やはり服装を突っ込まれた……。
答えるのが至極面倒くさいが、無視すると更に面倒なことになるので律儀に答える。
「自分で選んだんじゃないけど。買って、そのまま着てたでござる」
「まあ、そうなの~」
ところで拙者は、自分の名前が大嫌いだ。
名前負けしすぎてるというか、キラキラネームだと思うからだ。せめて『星』じゃなくて『生』とか『成』だったなら……。
星が降るって、どんだけロマンチック野郎でござるかァァ!!
そんなわけで他人に名前で呼ばれると殺したくなるが、両親だけは我慢して呼ばれてやっているでござる。
「……母上」
「なぁに?」
「今日の夕食はいらないでござる。その、食欲があまり無くて」
「あら大変!!具合が悪いの!?だから早く帰ってきたのね、病院行く!?」
「寝てれば治ると思うから、風呂に入ってもう寝るでござる」
「分かったわ。何か食べたいものがあったら何でも言ってね?」
「分かった」
ひとりっ子のせいか、母親は過保護気味だ。それを迷惑だと思ったことはあまり無いが、拙者は別にマザコンじゃねーでござる。
天然というか、見かけも中身もふわふわしている母親は、高校入学と同時にオタク化した拙者の話し方がござる口調に変わっても特に何も言わなかった。
今更突っ込まれても困るがな!普通に恥ずかしいし!
「はぁ……」
軽くシャワーを浴びたあと、ベッドに潜り込んだ。
今の時間はまだ五時過ぎで、全然眠くない。
けど、何もする気にもなれない。
新しい嫁を探すためにパソコンを開くのも億劫だ。
けど何もしないでいたら、八代のことが頭に浮かんでくるのがイライラする。
なんであんな奴のこと……悪い奴じゃねーでござるけど。
奴の顔を思い出すとイライラが止まらない。本当に意味不明だ。
千歳シンジを忘れるために利用されたのが悔しかったのか?拙者は。
そんな繊細な人間じゃねーだろ。
利用されたってどうってことない。
八代のことなんてべつに何とも思ってないし。
暇つぶしにスマホを見ていたら、雨宮氏からメッセージが来ていた。
『八代先輩とのデート、楽しかった~?』
何と返したらいいのか分からず、とりあえず返事は保留することにした。既読スルーというやつでござる。
*
次の日、朝から雨宮氏が拙者のクラスに来た。
拙者の席に座って堂々とBL漫画を読むのはヤメロと以前あれほど言ったのに……!
いや、言ったことないな?つーかメンタル強ぇな。周囲の人間から『あいつホモのエロ漫画読んでるぞ……』ってヒソヒソされてるでござるよ。
「あ、永田氏おはよう!なんで昨日既読無視したのさ?心配したんだよー!」
「体調が悪かったんでござる」
別に嘘じゃない。
でも夕食を食べなかったので、さすがに夜中になると腹が減ったが。
「え、そうなの!?大丈夫!?」
「もう治った」
「そっかー。それで昨日は楽しかったの?」
「………」
「永田氏?」
既読スルーとこの沈黙で察しろでござる。
あ、もしやわざとでござるか?
「楽しくなかったの?」
「雨宮氏が期待してるような展開はなかった、とだけ言っておくでござる」
「えー!……って、いくら俺でも永田氏達が初デートでホテルまで行っちゃうとかそこまでの期待はしてないよお!」
「どこまで妄想を飛躍させてるでござるか」
腐男子、とんでもねえな。
しかしこれでも腐女子より幾分かマシでござるから、ほんとに奴らの妄想癖は厄介でござる。まあ、妄想するのは自由でござるけど。
「八代先輩、エスコートしてくれたんでしょ?なのに全然楽しくなかったの?」
「しょせん拙者は千歳シンジの代わりだからな。代わりにもならないでござるけど」
「え?」
「ほら予鈴が鳴ってるから、雨宮氏はとっとと自分の教室に戻れでござるよ」
違うクラスの雨宮氏は嫌でも目立っている。
拙者のところに誰かが来ているというのも珍しいのだが、やはり注目を浴びているのはその手に持っている漫画のせいだと思う。
でも、最近はずっと……
”永田くん、おはよう!”
頼んだわけでもないのに、毎朝八代が来ていた。
でも拙者はそれが嫌で嫌で仕方なかった。意味不明だし、目立つし。
告白動画が撮られてからは、来なくなったでござるが……。
「じゃあ永田氏、部活の時にまた話聞かせてね!」
「もうかいつまんで話すことは何も無いでござるよ」
「それでもいいんだよ~!」
それでもいいのか。
でも、八代が拙者に会いに来ることは二度とない。
それはとても嬉しいことなのに。
「……はぁ」
憂鬱になるなんて、間違ってる。
なんで拙者の方がこんなに気に病まないといけないんだ。
昨日から本当に、自分がワケワカランでござる……。
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