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キスのしかた⑤
眞澄の頭は啓太の掌に心地よいサイズで、髪の撓む感触を堪らなく愛おしく思う。
―――調子、乗り過ぎた。
その頭を片腕に抱きながら、啓太は自分の理性の脆さに辟易する。
確かに、肩も背中もどこも、タップはされてない。
アンダーシャツを握られた感触は、まだ肩に疼いてる。
———あれが精いっぱいのサインだった?潤んだ目に誘われたと思ったのが勘違いだった?
薄い布地の胸に押し当てられた顔が見えない。
耳まで真っ赤で、肩が震えて、湿っぽい感じがした。
頭の中がぐるぐるする。
―――泣かせたくない。
そっと、赤い耳に触れる。
少しだけ、眞澄の肩幅が狭くなる。きゅっと、縮んで、溜め息と一緒にふるふると力が抜ける。
「好きだよ」
いとおしくて、たまらない。
でも、眞澄の涙を見ると、言い得も知れない焦燥に駆られる。
眞澄の、本当に好きだった人が、眞澄をフッたことを知ってる。
ずっと好きで。
中学から、ずっと、好きで、その先輩のために進路を決めたことも、知ってる。
その人のために泣いた涙を、知ってる。
フラれたその場を知ってる。
フラれたらいいと、願った自分の愚かしさも、知ってる。
眞澄がフラれたら、それに漬け込むつもりでいた、自分の汚さも。
知ってる。
「先輩、」
まだ潤んだ瞳が、こちらを見上げている。
その涙さえ、飲み干してしまいたい。
その涙を望んだ分、笑わせて、幸せにしたい。
なのに欲望はつきないし、手加減は難しい。
艶めいた唇に誘われてしまう。
誘惑に負ける。
眞澄にそんなつもりはないことくらいわかってる。判っているのに。
「せんぱ、」
もう1度、したい。
息が唇に触れる。
眞澄の体が強張る。耳の後ろに指を添える。
そこを軽く引っ掻くと眞澄は仔猫みたいに小さく啼く。
それはきっと、ここが性感帯だから。
でも、眞澄自身は気がついていない。
舌を這わせたい。耳殻を食んで、自分の腹の下でなす統べなく快楽に浸されればいい。
「せん、」
眞澄の目が蕩けてる。
目蓋が下がる。キスを待つように。
ブツッ。
スピーカの音に我に返る。
誰かが放送をいれる前の、あの音。
目を見開いた眞澄が、顔の近さに赤い顔をさらに赤くする。
溜まった唾液を飲み下して顔を離す。
「飯。」
夕食の準備を促す放送の合間で、啓太は呟く。
「今日のメニューなんだったか、覚えてる?」
へらりと何も考えてない風を装って笑う。
眞澄は見えないように涙を拭って、くきゅと小さく喉をならした。
「た、しか、しょうが焼き、しょうが焼きです」
眞澄の手をとって立ち上がると、ズボンが窮屈だった。生理反応だから仕方ないし、その割りには強行に及ばないだけの理性が自分にあったのだと思うと啓太は少し気が楽になる。
「腹へったなー」
自分の下半身の変化を無視して眞澄に背を向けた。
指先を絡める。
劣情を捨てきれない雄の部分が、その指を離せないでいる。
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