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同級生と性講座③
ふぅん、と陽樹は呟いて、馬鹿にするでもなく、視線を巡らせた。
その先に、職員席。子どもみたいな笑顔で笑う、陽樹の『好きな人』。
「人によって違うんだろうね」
「なにが」
「性欲の感じ方」
「んぐっ」
飲み込もうとした水が気管に入ってむせる。
眉間に皺を寄せて咳込むと、陽樹がそっとハンカチを差し出す。
「俺は欲しくて仕方ないな」
陽樹は基本的に直球勝負だ。
自分に嘘を吐くことも他人に嘘を吐くこともできない。
それでいて、他人を不快にさせないのだから、多分根っからのいい子なんだ。
だから、失恋した相手の弟だってわかっていたって眞澄は陽樹と一緒にいることをやめられない。
「もしこっちを振り返ってくれるなら、その場で全部自分のものにしたい。」
凶暴な言葉でも、その眼差しは優しくて、口元は静かに弧を描く。
こんな風に思われているのに、陽樹の相手は教師と生徒だって理由で陽樹に振り向かない。
本当は憎からず思っていることくらい、見ていてもわかるのに。
「どんなふうに?」
「なに?」
「どんなふうに、自分のものにしたいって、思う?」
こんなことを聞くのは卑猥だろうか。
プライバシーとか、個人的嗜好を侵しているだろうか。
そう思いながらも、聞かずにはいられない。
多分、陽樹の考え方は、眞澄よりも啓太に近い。
直接啓太に聞くことが恥ずかしくてできない分、参考までに友人の性癖を聞くくらいは許される気がする。
「どんなふうにって……」
少し思案する顔を見せて、陽樹は鼻で溜息を吐く。
「全部欲しいな。自分のにしたい。抱きしめて、自分のことしか考えられなくしたい。直接肌に触れて、誰も触ったことも、見たこともない場所を全部触って、見たい。全部俺で埋め尽くしたい」
できるだけ言葉を選んで話す陽樹はどこか感情を抑えている。
本当はもっとあからさまな言葉が自分の欲望なんだとわかっている。
指先がちりちりと痺れる様な気がした。
「すっごく優しくもしたいし、嫌がっても泣いても、全部受け止めてほしい気持ちもあるかな」
そう言って教員席を見た柔い目に熾烈なまでの欲望がともっている。
見ているこっちがひやひやするような目だった。
今にも飛び掛かって、衆人環視の下でも躊躇いなく相手を犯しそうな視線。
それに気が付いて、教師は少し目を見開いて、さっと逸らす。
眼鏡の奥の眸が潤み、耳が赤く染まるのが眞澄からでも見えた。
「堪らなくなるよ」
独り言ちて頬杖を突く。
早く大人になりたいとその目は言う。
「パンツ引きずりおろして腹ん中に全部ぶちまけて中から溺死するくらい種付けしたい」
吐露した本音に眞澄は一気に頬を染める。
「なっ……」
「あ、本音漏れた」
ふひっと陽樹は笑って、続きは部屋に帰ってからねと破顔する。
「食堂でするような話じゃないし、腹割って話したら、きっと眞澄はひくよ」
眞澄の分まで丁寧に食器を重ねて陽樹はトレイを持ち上げる。
陽樹の背は眞澄より少し低い。
陽樹の好きな人は、眞澄より背が高い。
そんなことは結局どうでも良くて、好きだからと、雄だから、しか理由はない。
好きなら体を重ねたくなるのは誰しも同じなんだ。
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