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三つ子、3分の2①
直接聞けたら苦労しないよねー。
屋上の人工緑は今日も足元を曖昧にさせる。
フェンスに指を掛けて、自分の身長1.5倍の先を見た。
空は青く、眞澄の知識も青い。
「まだ考え込んでるの」
陽樹はフェンスに寄りかかって胡坐をかき、カフェオレを呑んでいる。
その視線の先には菓子パンの袋を丁寧にたたんで突っ込んだコンビニ袋と、イチゴオレが2本。
両方とも眞澄のもの。
「こんなくそ甘いのよくその腹に入るね」
「そう?ふつーじゃん?」
甘いものが好き。
どこにも寄り道せずにカロリーとして吸収されて燃料になりそうな気がするから。
それに、単純においしい。ケーキのあのスポンジのふわっとした感じとか、いろんな種類のある感じとか。名前は覚えられないし、見た目にも興味はないけど、美味しい。
「そんなに考え込まずに、一言教えてほしいって言ってみればいいのに」
そう簡単に言えたら苦労しない。
ぶってるとか、面倒くさいとか、そんなことを啓太が言うはずないと信じてはいる。
信じているけど、眞澄だって啓太の全部を知ってるわけじゃない。
腹の中で、煩わしいって思われるのは、辛い。
「な~にを教えてほしいんだい?」
「ひんっ!」
後ろからそっと頤を撫でられてぞわぞわぞわと怖気が走った。
反射的に振り返ると、啓太によく似た別の顔が眼前に迫っていた。
「なん、ですか」
目の端が吊り上がっていることは、自分でも判っている。
先輩に対して向ける顔じゃないことも。
「怖っ。なんで眞澄って、啓太以外になつかねーの?」
「懐くとか、犬猫みたいに言わないでください」
翔太は「だってネコじゃ~ん」と意味ありげな言葉で笑い、頭の後ろに手を組んで振り返る。
その先には優太がいて、眞澄は無意識に啓太を探した。
「残念。オトウトは今センセーに呼び出されてます」
見透かされたのがなんとなく悔しくて唇を尖らせる。
その唇に、ふにゅっと、何かが触れた。
「確かに柔らかいなぁ」
「なっ……」
いつの間にか眼前に迫った翔太の指がフニフニと眞澄の唇を押す。
その感触を確かめるように。
少し自分より高い上背はやや見上げるほどで、三つ子の中で最も背が低いとはいえ、自分との体格差を思い知らされる。
「優太先輩!」
「ああ、飛行機雲だ」
怒髪天を突いて翔太の恋人(であろう)優太に向き直ると、彼は陽樹の隣に座り込み、カフェオレのお裾分けにあやかりながら、高い高い空を尾を引いて飛ぶ飛行機に目を向けていた。
「なんで飛行機雲ができるか知ってる?」
「エンジンから出る排ガスに含まれている水分あるいは、翼付近の低圧部が原因でできるんですよ」
「あ。じゃあ排煙じゃないんだ、あれ」
低圧部って何?
陽樹は食後の読書に勤しみながら片手間に優太の相手をしている。
小学校からの付き合いだというから、ひとつくらいの年の差はあってないようなものなのかもしれない。
どうやら救いはなくて、陽樹が放っておくということは、大した害もないはずで、眞澄はフェンスに背を凭れさせたまま、唇を固く閉じて翔太の顔をじっと見ていた。
「何しに来たんですか」
「食後の運動」
「運動?」
屋上で運動。
翔太はサッカー部だし、優太は眞澄と同じバスケ部だ。
手軽に運動とかいうのなら、体育館かグラウンドに行った方が教室が一階に近い三年生は早いだろう。
「運動。」
繰り返しながら翔太は眞澄を裏返し、後ろから腰を尻に押し付けてきた。
そのまま前後する腰に、眞澄は訝しんで首をかしげた。
「なんで運動しに屋上来るんですか?」
背後を取られた不満に眞澄はフェンスを掴んだまま半身よじって翔太をにらみつけた。
翔太はくるんと目を丸くして淡く口を開く。
「お前ってホント、ジュンジョーっていうか、物事を知らないっていうか……」
「馬鹿にしてますか」
「うん。半分」
「このっ……」
押さえつける腕から逃れようと身をよじる。
「っと。」
「ぃっ……」
動かした左腕を捩じられて小さく悲鳴した。
押さえつける力はさほど強いように思えない。
なのに動かそうとすると肩が外れそうな軋みが腱を伝って首筋をきりきりと痛めつけた。
首筋に、翔太の言葉が触れて、ぞくぞくして気持ち悪い。
その唇が、自分の肌に触れたらと思うと、それはなんだか恐ろしくて、痛みとは別に、指先が震えた。
「気が付かないうちにベッドの上。なんて危うさがあるよな」
まあ、ベッドの上でするとは限らないけど。
翔太はそれだけ言うと、眞澄から手を放す。
急に力が抜けて、フェンスを向いたままどすんと尻もちをついた。
「少しいろんな知識を仕入れた方がいいと思うけど」
見下ろした翔太を睨み上げると悔しいのに目が潤んだ。
悔しいから、なのかもしれない。
それを見て再び翔太はくるりと目を見開く。
「ほんと、危ういにもほどがあるって」
左脇に手を差し入れられ、二の腕を掴まれる。
そのまま持ち上げられて立ち上がった。
「実戦で教えてあげてもいいけどさ」
ちらと翔太が視線を走らせると、凄い目つきで陽樹が睨んだ。
「それはさすがにだめだろうし、俺もネコ専だからにゃあ」
「こんとれーい……」
る。
小さな節回しをつけて優太が呟く。
呟いた後で、すっくと立ちあがり、翔太のネクタイの結び目に手を掛ける。
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